第29話 交渉

「撃墜されたヘリのパイロット、川口健太はどうなったのですか」

 坂井星也が手を挙げて発言した。

「川口をご存じなのですか」

 山本隊長が星也の方を向いた。

「友人です。幼いころ同じ船に乗っていました。アカデミーでも同期でした」

「そうだったんですか…」

 山本隊長は少しだけ目を伏せた。

「川口の安否は不明です。ですが、川口は判断力に優れたプロフェッショナルです。これはあくまでも私の想像ですが、誘導ミサイルにロックオンされ、逃げ切れないと覚悟した瞬間、緊急脱出を図ったのだと信じたい。そのあとは…恐らく」

「敵に捕まった、そう考えるのが妥当ですね。脱出したのであれば」

 星也の目を真っすぐに見て、山本隊長はきっぱりと言った。

「川口は生きている。私はそう信じています」

「僕も信じています。健太がそう簡単にやられる訳はない」


 しかし、日本政府は川口健太らの安否情報を全くつかめないでいた。どこにいるのかはもちろん、そもそも生きているのか、死んでいるのかさえ判明していない。当然、具体的な奪還作戦は練ることすらできていなかった。


「潜水艦に囚われたとみるのが妥当ではないのか」

 首相の大澤武は苛立っていた。川口健太のヘリに攻撃を与え、和歌山ベースを制圧してから半日が経過していたにもかかわらず、敵の実体は皆目わかっていなかったからだ。

「そもそも潜水艦は『サイレント・サービス』と呼ばれる存在であります。海中深く潜航してしまうと、動向をつかむことは容易ではありません」

 司令船艦長の山口博行が答えた。大澤の眉間にひと際深いしわが寄った。

「我が国の潜水艦はどうなっている」

「沿岸に潜伏する敵艦数隻の位置をようやく確認できました。先ほど追尾を開始したとの連絡が入りました。今後は奇襲攻撃を許すことはありません」

 山口艦長は心なしか胸を張った。

「敵は何者なのだ」

「キャビテーションノイズはこれまで遭遇したどの艦とも一致しません。新型の潜水艦かもしれません。とすれば、かなり厄介です。艦隊がどのくらいの規模なのか、現在、鋭意探索中です」

「しかし、十数隻が姿を見せたのだろう? それだけの潜水艦を揃えられる国はそれほどないのではないか」

「おっしゃる通りですが、我が国を含む中・高緯度の国々は陸の領地を失い、すべて海洋国家となっております。どの国も船舶や潜水艦の開発には、国の技術力の全てを注ぎ込んでおります。潜水艦国家という新しい概念の国が我々の知らないうちに、海の中で誕生していたのかもしれません」


 司令船での作戦会議が膠着状態に陥ってから数時間後、大澤首相がそろそろ会議の終了を宣言しようと考えた時、事務官が息せき切って会議室に飛び込んできた。

「通信が入りました。川口機を攻撃した相手だと名乗っています」

 首相をはじめ、全員が事務官を凝視した。

「すぐに通信を繋げ、私が直接話す」

 大澤首相が言った。隣にいた緑川哲補佐官がヘッドセットを首相に手渡した。

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