第28話 護衛
渡部の心配は杞憂に終わらなかった。
国籍不明の艦船十数隻が和歌山・三重に姿を現したのは、発射場に最初の攻撃があってからわずか1時間後のことだった。
最初の上陸地点に整備された港湾の沖合数百メートルに潜水艦3隻が急浮上し、武装した数十人が上陸を開始した。拳銃などの小火器程度しか装備していなかった上陸班は、ほぼ無抵抗のまま、敵の上陸を許した。
この電光石火の作戦で、日本の上陸班約200人全員が事実上の人質となった。
「港湾地域は占領されたようだ。無線に応答がない」
渡部台長は唇を嚙みしめた。高野山の天文台班32人は最も広いスペースのある望遠鏡棟に全員が集まっていた。みな表情は険しい。
「軍は何をやっていたんだ」
誰かが吐き捨てるように言った。
「陸軍が向かうとの連絡はあった。敵の動きがそれを上回って早かったんだ」
渡部台長が諭すように言った。一堂は静まり返った。
「ここは安全なのでしょうか」
沈黙を破ったのは篠田かおりだった。
「占領された港湾からここまでは距離がありますが、ヘリコプターなどの移動手段を押さえられたら、すぐに攻撃対象になるのでは…」
「それは…」
渡部台長が答えに窮していると、遠くからヘリコプターのローター音が聞こえてきた。集まった天文台員はぎょっとした。何人かがヘリの正体を突き止めるため、建物の外に飛び出した。
「大丈夫です。ヘリは我が国のものです」
数分後、高野山のヘリポートに到着したのは3機で、着陸するや否や、機関銃を肩に担いだ隊員が次々と走り降りてきた。何人かは対空ロケット砲の発射装置を抱えており、駐機スペースの近くに手際よく設置した。3機には合わせて25人が搭乗していた。
あっけにとられた表情で、隊員の慌ただしい動きを眺めていた天文台班のところに、指揮官らしき人物が近づいてきた。渡部台長が一歩前に進み出た。
「我々は高野山守備を命じられた中隊であります。私は隊長の山本五郎であります」
そう言って山本隊長は敬礼をした。
「ご苦労様です。心細かったので助かりました」
渡部台長が答えた。
「ヘリを1機残し、2機は帰投し、さらに隊員を輸送します」
「どのくらいの隊員が駐在するのですか」
「およそ50人ほどです。通常のヘリと攻撃用ヘリの計3機が常駐し、戦闘車両も2台配置します。必要に応じては戦闘機などが支援する体制を取ります。当面、警戒すべきは特殊部隊の潜入ですので、周辺一帯にセンサーを配置して、山への侵入を防ぎます」
「それは心強い」
渡部台長がほっとした表情を見せた。山本隊長は静かに話し始めた。
「敵は潜水艦の艦隊のようです。本日は最大で十数隻が浮上し、占領部隊を港湾地域に送り込んだ後、潜航し姿を消しました。現在、所在を探索中であります。空中からの索敵では半径20海里の洋上に艦隊は見当たりませんでしたので、当面はヘリや航空機など空からの大規模な攻撃や支援は考えづらいですが、一応、地対空の簡易イージスシステムは準備しておきます」
「上陸した敵は何人くらいの規模だったのですか」
山本隊長は眉をひそめた。
「詳しい情報は入っておりません。報告する前に電撃的に占領されたのだと思われます。しかし、十数隻の潜水艦が姿を現したことからみて、少なくとも50人以上の規模だったと思われます」
「奪還できるんですよね」
山本隊長は口を真一文字に結んだ。
「できるならすぐにでも…わが軍にはその戦力も能力も有していますが…」
「人質か…」
渡部台長がつぶやくように言った。山本が小さく頷いた。
「奪還はそれほど難しくはないと思われます。ですが、上陸班が事実上の人質になっています。奪還の際に被害がでるのは避けられません。敵の全体像や本当の狙いがつかめないまま、闇雲に突っ込むのは危険です。今、司令部が慎重に奪還作戦を検討しています」
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