第39話大会初の満点

 

「どうぞ、審査の方をお願いします」

「え、あ、ああ、はい」


 突然服を脱ぎだしたのは義手を外し、提出するためだったが、じぜんにそんなことをきかされていなかった司会の男性は驚くしかない。

 そして困惑しながらもヴィーレから差し出された義手を受け取り、受け取った義手とヴィーレの姿を交互に見比べるのだった。


「どうかされましたか?」

「い、いえ……突然腕を取ったものですから驚いてしまって」

「驚かせてしまったのであれば申し訳ありません。既に一度不慮の事故が起きている以上は最善の行動をとるべきだと判断し、このようにさせていただきました」


 グレアの事情を知り、罪悪感を抱いた管理責任者の職員はヴィーレの提案を受け入れることにした。その提案というのが、事前に登録していた作品以外の義手の提出許可と、この特殊な作品の提出の仕方だった。


 そしてヴィ―レは、グレアに敵する者が再び妨害をしに来る可能性を考え、審査を行う直前まで作品を隠すことにしたのだ。確かにヴィーレが身に着けているのであれば、それは最も安全な保管方法と言えるだろう。


「これは……」


 突然の行動ではあったが、無名の職人が少しでも目立つためのパフォーマンスだと考えれば理解できないものでもない。その為、司会の男性は驚いた心を落ち着け、受け取った義手の状態を確認するために視線を落としたが、そこで再び驚き、目を見開くこととなった。


「何か問題がございましたか?」

「っ! い、いえ、問題ありません。ただ少し、あまりにも素晴らしい出来だったものでして……魅入られる、とはまさにこういうことを言うのでしょうね。こうして触ってみても温かさが感じられるなんて、本物の腕みたいだ」


 この司会の男性は審査員でもなければ職人でもない。だが、これまで数多くの作品を見てきただけあって、その観察眼は確かなものだった。そんな司会の男性から見てもヴィーレの腕は異質といっていいほどの出来栄えであり、まるで愛おしい者に触れるかのように手を動かそうとし――


「んんっ」

「……!」


 そこで他の審査員からの咳払いが響き、ハッと顔を上げて、少しだけ顔を赤らめると速やかに司会としての仕事を続けるべく口を開いた。


「しかしながら……それは本当にグレア氏の作品なのでしょうか? 今まで無名だった氏の作品としては、あまりにも出来が良すぎるように思えますが」

「名が知れている者だけが能力があるというわけでもないのではありませんか? その無名の人物を探し出すのがこの大会の目的だったと理解していたのですが、違いましたか?」

「……いえ、その通りですね」


 ヴィーレの言葉に間違いはない。事実、この大会は新たな人材の発掘のために行われているのだから。だがそれでも心から納得することができず、疑念を残しつつも他の審査員たちに腕が渡されていった。


「しかし、あれほどの作品を作る人物がこれまで無名だったなんて驚きですね」


 これは本心からの言葉だった。これまでいろいろな大会で司会を行ってきたが、あれほどの作品を見たのはこの男の人生の中で初めてとさえ言えた。


「グレアの本来の作品は何者かの手によって不慮の事故が起こってしまいましたので、破損しました。その代わりとして、グレアの作った〝私の腕〟を彼の品として提出させていただきました」


 それまでと何ら変わらない声音で告げられた驚きの発言に、会場にざわめきが生まれた。だがそれも当然だろう。国が主催しているこの大会で事故による作品の破損など、あってはならないことだ。

 それも、〝何者かの手によって〟などと、誰かが意図的に壊した可能性についても暗に言及しているのだから、騒ぎにならない方がおかしい。


「何者かによる不慮の事故ですか……それは……」


 司会の男性は事情を知らないが、会場の状況のまずさは理解できたために内心で焦りながらも場を収めようと言葉を尽くそうとした。

 だがヴィーレはそんな司会の男性に向かって手を上げて制止をした。


「構いません。作品が破損してしまったことで管理不届きとして後程ギルドには補填をしてもらう予定ではありますが、それは作品の評価には関係のない事です。それに、破壊された痕跡はあれど、何者かが意図して壊したという証拠もありません。ですので、我々はこの件を問題にすることはありません。今この場では、グレア・アルカード作品の評価だけをしていただけれはと」

「……当方の不手際によりご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありませんでした。寛大な処遇に感謝します。後程事実確認を行い、改めてお話をさせていただければと」


 誰かに壊された事故というのが事実なのかは分からない。だが、もし本当にそんなことが起こっているのであれば、ここで謝罪をしておくべきだ。もし違ったのであれば、自分達は誠意を持って対応したのに嘘を吐かれた、と被害者として同情を誘うことができる。


 そう判断した司会の男は、大勢に見られている中であっても迷うことなく頭を下げ、真摯に謝罪の言葉を口にした。


 だが、頭を下げながらも内心では本当の事だろうなと考えていた。一目見ただけでわかる程の義手を作れるのだ。そんな人物がわざわざこんな騒ぎを起こして注目を集める必要などない。注目されたいのであれば、ただ作品を提出して、それでおしまいで良かったのだから。


「さて、それでは気を取り直して、審査へと参りましょう!」


 場の空気がすっかり沈んでしまったこともあり、〝事故〟についての話で混乱している空気を正すため、そろそろ審査員たちの採点も終わったころ合いだろうと判断した司会の男は多少強引でありながらも話を進めることにした。


「……」


 だが、そんな司会の男の思惑は外れ、審査員たちは先ほどまでの審査とは違って誰一人として答えることはなかった。


「……? 審査員の皆さん、採点の方をお願いします! 本日の大会、おおとりを務めた彼女の作品は、いったいなん点なのでしょうか!」


 司会に促されたことで、審査員たちは黙ったままそれぞれの判断した採点を発表することにしたのだが、それがまた場をざわめかせた。


「ま、満点!? ま、これはっ……!」


 そう。審査員たちの出した採点結果は、全員が満点。これまでの最高得点を取った人物も、一人の審査員から満点を取ることはなかった。そしてそれは過去の大会でもそう。満点など、これまで開かれた全ての大会を合わせて考えても初めての事態だ。


 それを理解しているからこそ、司会の男は確認の意思を込めて審査員たちを見つめる。


 そんな視線を受けて、一人の審査員の男性がマイクを取り、徐に話し始めた。


「技術だけ、作品の出来だけを見れば、この義肢は満点で間違いない。不備がないわけじゃないが、それを加味しても今大会のどの作品よりも上だ。あるいは、私が知っているどの義肢よりも、かもしれない」

「それほどでしたか」

「ああ。だが……」


 そう言って言葉を止めた審査員だったが、その言葉を引き継ぐように別の審査員の男性が話し始めた。


「正直なところ、この義肢には点数がつけられん」

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