第38話グレアの出品

「――それではアッシュ氏による作品の審査を終了とします」


 そうして舞台の上で何人もの審査員の前で審査が行われ、アッシュの作品に点数をつけることとなった。


「やっぱりロットンがトップかな?」

「今のを見ればそうだろ。審査員だってあんなに褒めてたのは初めてだぞ」

「稼働確認の人だって使いながら驚いてるみたいだったし、まず間違いないだろ」

「やっぱ金がある奴はいいよなぁ。俺達みたいに必死でやりくりして仕事と大会用の作品作りを両立するのは限界があるって」

「はっ。お前の場合、金があってもそこそこのしか作れないだろ。ロットンは金だけじゃなくて才能もあるからこそだろ」

「それ言ったらてめえもそこそこ止まりだろうがよ。……まあなんにしても、神様ってひでえよな。もうちょい俺達にも平等に才能なり身分なりを分けてほしかったもんだぜ」


 そんな周りの参加者達の声を聴きながら、グレアはボウッとしたようすで舞台の上を眺め続けている。

 そうこうしているうちにアッシュの作品の点数が発表されたが、その点数は今大会の参加者の中で最高得点となっていた。


「……やっぱり、アッシュは凄いよね。あの腕は僕から見ても良い品だって言わざるを得ないよ」

「見た目も性能も、この大会に出てる奴らの平均を大きく超えてるでしょうね。熟練のプロと比べても遜色ないくらいの出来よ」


 恐らくグレアの作品を壊した、あるいは壊すように指示を出したのはアッシュだろうし、その恨みはある。

 だがそれはそれとして職人としての能力自体は素晴らしいものだと認めざるを得ない。それはグレアの職人としての精いっぱいの反抗――プライドだった。


「でも、この街で一番じゃない」

「え……何言って……どういうこと?」


 突然呟かれたマーガレットの言葉に、グレアは隣に立っているマーガレットへと顔を向けて問いかけた。

 グレアにはマーガレットの言っている言葉の意味が理解できなかった。なぜならたった今、他のベテランの職人たちを差し置いて最高得点を得たばかりなのだ。


「どうもこうも、事実を言っただけよ。あいつはこの街で一番の職人じゃない。それどころか、この大会で一番になる事もできないわ」

「……街で一番じゃないっていうのはそうかもしれないけど、この大会では一番なんじゃないの? 今まで見てきた中で、アッシュ以上の品は出て来てないよ。それに、大会自体もうほとんど終わりじゃないか」


 街全体としてみれば、確かに今回の大会に参加していない、あるいは参加できなかった人物もいるだろうから、その者達を含めれば街で一番とは言えないかもしれない。だが少なくとも今のところ大会参加者の中では最高得点なのだから、大会において一番ということは出来るのではないだろうかとグレアは首を傾げた。


「でも、まだ終わりじゃない。この後出てくる作品を見れば、皆の評価は変わるわ。もちろん、あんたのそのうじうじしたくっらい考えもね」


 それからいくつかの作品の審査を見ていくが、どれもアッシュの作品には及ばないものばかり。だからグレアはマーガレットがなにをしたいのか、何を言いたいのか理解できなかったが、それでもマーガレットが舞台を見ているのでそれに合わせてグレアも黙って舞台上の審査を見ることにした。


 そして、遂にその時は訪れた。


「――それでは、本日最後の作品となります。出品者は――グレア・アルカード」

「え……」


 司会の者からそんな声が聞こえた瞬間、グレアは一瞬何を言っているのか理解できなかった。だって、今呼ばれたのは自分の名前で、自分はこの大会を辞退したはずなのだから。……辞退するしかなかったのだから。


 それに、作品であるはずの壊れた腕は今もなおグレアの腕の中にある。だからこそ訳が分からない。どうして自分の名前が呼ばれたのか。


「マ、マーガレット……? どういうこと? なんで僕の名前が……取り消しはしてくれなかったのか!?」


 確かに手続きはしていないが、あの状況だ。マーガレットならやってくれるだろうと考えていたのだが、こうして参加者として呼ばれたのだから取り消しはしてくれなかったとしか考えられなかった。


「するわけないじゃない」

「そんな……じゃあどうすれば……今から取り消しをする? 無理だ。でも出す作品なんて……」


 予想もしていなかった突然の状況に、グレアは焦ったように纏まらない言葉を口にしていくが、答えなんて出るはずもない。


 悩んだ末に、グレアは自分の手の中にある〝腕〟を見下ろすが、唇を噛んでぎゅっと握りしめ、隣に立っているマーガレットを睨んだ。


「いったいどういうつもりなんだ、マーガレット! 僕の状況は理解してるはずだろ!」


 まさか君まで僕を笑いものにするつもりなのか。

 そんな思いがグレアの内に生まれたが、そんな思いはすぐにかき消されることとなった。


「知ってるわよ。でも、あんたの作品はそれだけじゃないんでしょ?」

「え……き、君は何を言って……」

「だって、あそこにはあんなに良い作品があるんだから」


 マーガレットは舞台の上を眺め続けながらそう言ったが、グレアには訳が分からなかった。

 そして、訳が分からないままマーガレットの視線に釣られてグレアも再び舞台の上へと視線を戻したが、そこでグレアは目を剥いて驚くこととなった。なぜなら――


「――あなたがグレアさんですか……?」

「いいえ。私はグレアの工房で働いている補助員です。本日グレアは諸事情によりこの場に来ることができず、この発表は私が担当することにしました」


 舞台の上にいるのはヴィーレだったのだから。


「ま、マーガレット……? なんでヴィーレが……」

「黙って見てなさい。あいつはあんたのためにあそこに出たんだから」


 そう言われれば黙っているしかなく、グレアは驚きで混乱した頭で舞台の上にいるヴィーレを見続けた。


「そうでしたか。それでは審査の方に入らせていただきますが、作品はどちらに……っ!?」


 ヴィーレの言葉を受けて司会は納得したように頷き、審査を進めようとしたが、肝心の審査の対象となる作品が未だ舞台上に存在していない。当たり前だ。グレアが出そうとした作品は壊れており、現在はグレアの腕の中にあるのだから。


 もしかしたらヴィーレはこの場で事故について言及するつもりなのかもしれない、と考えたグレアだったが、そんな考えはすぐに消し飛ぶこととなった。


 司会の言葉を受けたヴィーレは、突然着ていた上着に手をかけ、脱ぎだした。

 そんな様子を見ていた司会は驚きから言葉を止め、審査員や他の参加者達からはどよめきの声が聞こえてきた。


 審査の場でそんなことをすれば当然そうなるというものだろう。だが、突然の状況に混乱したのか、あるいはヴィーレの美しさを見る機会を惜しんでか、誰も動くことなくヴィーレの行動を見続けた。そして――


「グレアの作品は、こちらになります」


 カチッとどこか心地よさすら感じる程軽快な音が響き、ヴィーレの左腕が取れた。

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