第37話窓の外から
――◆◇◆◇――
「――まさか、こんなことになるなんてなぁ……ヴィーレには沢山協力してもらったのに、出すことすらできないなんて申し訳ないよ」
壊れた義手を抱えたグレアはヴィ―レたちの許から去っていったが、そのまま素直に家に帰ったというわけではなかった。今のグレアは、義手を抱えながらも会場の外には出ず、建物の外に出ている者の敷地内からホールの中の様子をうかがうことができる場所にいた。
なぜそんな場所にひっそりと隠れるようにいるのかと言ったら、諦めきれないからだ。
当然の話だ。あの場では物分かりがいい振りをしていたし、貴族――おそらくはアッシュが黒幕だろうと考えているが、誰が相手だったとしても敵対していいことはないというのは今も理解している。
だがしかしだ。だがそう理解していたとしても、それでもすぐに諦めきれるのかと言ったらそんなことはない。
何もできることはない。でも抵抗することもできないし、素直に帰ることもできない。
自身の渾身の作品を壊され、こうしてみじめに会場の様子をうかがうことしかできない自分を悔しく思いながらも、それでもグレアはこの場を離れることができなかった。
「それに、母さんだって無理して応援してくれたし、面倒もかけたのに……ほんと……クソッ……だめだなぁ、僕は」
会場の中の様子をうかがいながら、グレアは義手を抱えている腕にギュッと力を込めながらそう呟いた。
その声は弱弱しく、唇は何かを堪えるように震えている。
「マーガレットが言っていた〝アッシュに気をつけろ〟って、きっとこれのことなんだろうね。でもまさか、ここまでするとは思わないじゃないか……襲撃をするって言われても信じられなかったけど、こっちだって同じくらい信じられないよ。職人として、これがどれだけ酷い事か分かってるはずなのに……」
アッシュに目をつけられたことは理解していた。けど、まさか職人であるアッシュがこんなことをするとは思ってもみなかった。アッシュは嫌なところはあるが、それでも彼も職人なのだから、職人としてやってはならない分別くらいあるだろうと考えていたのだ。
だがアッシュにとってそんな分別など考える必要のないものだった。
そもそもアッシュはあくまでも〝貴族〟である。仕事こそしているものの、その根底はまごうことなく貴族そのものなのだ。
そしてその仕事だって、グレアのように義肢職人という仕事が好きだからやっているわけではない。誰かにもてはやされる仕事であり、自分に適性があったからやっているだけだ。持て囃されないのならやっている意味はないし、自身の邪魔をするものがいるのであれば当然のことだった。
そのことをグレアは履き違えていたのだ。アッシュも職人なんだから、と。
「本当なら僕もあの中に……」
窓から見えるホールの景色に変化が訪れ、ようやく大会の審査が始まったようだ。
本来なら自分も参加していたであろう大会を目にして、グレアは悔しげに呟いた。
「……もう過ぎた事なんだ。出さないって自分で決めたんじゃないか」
だが、しばらくその場で立ち尽くしながらホールの中の様子を見ていたグレアだったが、もう自分はそこにいないことを理解し、こんな場所で見ていることが余計にみじめさを感じさせたためにその場を離れることにした。
帰ろうと一歩踏み出したその時、グレアに想定外の声がかけられた。
「あんた、こんな所に居たのね」
グレアを探すために走ってきたのだろう。マーガレットは若干息を切らせながらグレアに近づいて行った。
「マーガレット? どうしてこんな所に……」
「どうしてはこっちのセリフなんだけど? 窓の外からずっと会場のことを覗いてる不審者の情報が回ってきたのよ」
警備達もバカではない。むしろ、これほどの規模の大会を開くのだから、その警備は相応に厳重なものとなるため、窓の外から会場の様子をうかがっていたグレアのことなどとっくに把握していた。それでも参加者であるグレアの写真は警備達に共有されていたため、その雰囲気も相まって声をかけることなく放置されていたのだ。
「ああ、そっか。また面倒をかけたみたいでごめん。すぐにここから消えるから」
「いや、別に追い出そうとしたわけじゃないわよ。それよりも、こんな所じゃなくて中に入りなさいよ。ここで見てたってことは、まだ未練があるってことでしょ?」
いつものように困ったような笑みを浮かべながら立ち去ろうとしたグレアの手を掴み、マーガレットは強引にグレアの足を止めた。
そんなマーガレットの行動にグレアは一瞬だけ表情を固くしたが、すぐに先ほどまで浮かべていた全てを諦めたような表情へと変わった。
「いいんだ。もう放っておいてよ」
「ダメよ。こっちに来てちゃんと中で見なさいよ」
「いや、だからもういいんだって。今更見て何が変わるって言うんだ」
「いいから見なさいって。あんたにとって悪い結果にならないと思うから」
必要ないと拒絶するグレアだが、その手を離さないままマーガレットは会場の入り口へと近づいて行く。グレアを連れ手会場へと戻るつもりなのだろう。
だが、そんなマーガレットの言葉を聞き、グレアは目を見開いた後に自嘲気な様子で笑った。
「悪い結果にならない? ははっ……何言ってるのさ。僕の作品が壊れてここにある以上、もう悪い結果になってるだろ? ああでも、確かにこれ以上の悪い結果にはならないかもね」
「そういうんじゃなくて、本当にあんたにとって悪い事じゃない……いえ、良い事だから見た方がいいのよ」
そんなどこか壊れてしまったようにも感じられるグレアを見て、マーガレットは自分がちゃんと管理をしていなかったから、と罪悪感に歪んだ顔を浮かべたが、すぐに首を振ってそんな考えを追い出し、真剣な表情で話を続けた。
「良い事って……見て他の人の技術を学べとでもいうの? それは確かに良い事かもしれないね。普段は他の工房の技術を見る機会なんてないんだから。でも、今はそんな気分じゃないんだ。ごめん、もう行くね」
「待ちなさいよ」
マーガレットの手を振り払って帰ろうとするグレアだが、その手を再びマーガレットが掴んだ。
だが、そんなマーガレットの行動が腹に据えかねたのだろう。グレアは先ほどまでのような笑みを消して強引に腕を振り払い、叫んだ。
「もう放っておいてくれよ!」
「見ろって言ってんでしょ!」
罪悪感からか知人だからか。腕を振り払われ、怒鳴られたとしても、それでも引くことは出来なかったのだろう。マーガレットはグレアに振り払われたことなんて意にも介さず、再びグレアのことを掴むべく腕を伸ばした。そして、今度は腕ではなく胸ぐらを掴み、引き寄せながら叫んだ。
胸ぐらを掴まれ、睨みあいながらしばらくし、グレアの体から力が抜けた事を察したマーガレットは手を放してからグレアの腕を掴みなおした。
そして、抵抗しないグレアの手を強引に引いて会場の入り口へと向かって歩き出した。
「……行くわよ」
抵抗しても無駄だと悟ったのか、グレアはマーガレットに手を引かれるまま会場に戻っていった。
「まだみたいね」
「まだって何がさ。なにか僕に見せたいものでもあるの?」
「まあ、ちょっとね」
会場に戻っても無気力な表情を浮かべたままのグレア。そんなグレアが逃げないように腕を掴みながら何かを待っている様子のマーガレット。
誰かと手を繋いで会場にいる、という状況に、グレアは少し前までヴィーレと手を繋いでいたことを思い出し、その時とはずいぶんと状況が違うなと自嘲するように笑みを浮かべた。
「――お待たせしました。次はアッシュ・ロットン氏による作品となります」
それからしばらくして、会場の前面に設置された舞台の上にアッシュが現われた。
自身の作品である義手を壊した犯人であろう人物を見て、グレアの手がぎゅっと握りしめられたが、マーガレットは何も言わずに舞台の方を見続けていた。
「……見せたかったのってこれ? マーガレットだって分かってるだろ? 僕の作品が誰の手によってこうなったのかって。それなのに、アッシュが褒めそやされるところを見てろっていうの?」
「違うわ。最後まで黙って見てなさい」
「……」
舞台を見たまま黙っていろと言われたことで、グレアはそれ以上何も言いだすことができず、不満げにマーガレットのことを見つめてから舞台へと視線を戻した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます