第5話技術指導

 


 翌日から、ヴィーレは宣言した通りに毎日グレアの工房に通った。だが、直ぐにグレアが成長し技術がつくかといったら、当然ながらそんな事はない。

 ヴィーレから教えられる世界一の知識があったとしても、それを体現できるようになるまでは時間がかかるに決まっているし、そもそもヴィーレのような存在でもない限り積み重ねられた知識をすべて一度で記憶する、などということもできるはずがないのだから。


 だが、目に見えた成長こそないものの、その技術、知識は確実に成長していた。

 何度も失敗し、覚え直し、知識をなぞるように試行錯誤をし、その期間は気づけば三ヵ月は過ぎていた。


 それだけの期間ヴィーレからの教えを受けたグレアの知識、技術は当初よりも格段に向上し、ヴィーレの腕も何度か修復のために手を入れている。

 そんなグレアの努力によって、ヴィーレの腕も未だにぎこちなさは残っているもののその動きは当初よりも確実に良くなっている。


 しかし、それでもまだまだヴィーレの求める水準には達していない。

 もっとも、同年代の義肢職人に比べれば今のグレアの腕は明らかに上なものとなっているのだから、普通ならば称賛されるものだろう。

 だが、比べる相手が義肢職人の頂点とさえ言える〝至高〟であっては相手が悪すぎた。


「──違います。ここはそちらと繋ぐのではなく、いったん別の場所に繋ぐのです」


 自身とは違って一度教えたことを完璧に覚えることができずに失敗を繰り返しているグレアに対し、諦めることも倦厭することもなく、ヴィーレは何度も何度も間違いを指摘して教え続ける。


 細かい所であっても間違えた瞬間に指摘が飛んでくるような状況では、普通なら嫌気がさして逃げ出してもおかしくはないだろう。たとえそれが自分から頼んだことだったとしても、相手が〝至高〟の知識を持っているんだとしても、職人としてのプライドが傷つけられることに変わりはないのだから。


 だがそれでも、グレアは諦めることをせずにヴィーレの助言を受けながらただひたすら作業を続けていく。

 プライドは確かに傷ついた。悔しいとは思った。だが、それだけだ。グレアには、元より傷ついて折れるようなプライドなんてないのだ。彼の生まれやこれまでの生活が、彼の自尊心を育てる機会を奪っていた。


 だからこそ、ここで誰かに技術を指摘されても、まあそんなものだよね。と素直に受け入れることができてしまった。だって自分は他人よりも劣っていて、足りないところばかりなのだから、と。


 そのように思えてしまう事自体は悲しいことではあるが、この状況においては最適な精神状態だとも言えた。ヴィーレの言葉に反発せず、全てを受け入れて自身の中へと取り込むことができるのだから。


「でもそれだと、今度はこっちに負荷がかかり過ぎてまともに反応しないよ?」

「それは使う素材によるでしょう。お父様は御自身で全て調合されておりました」

「調合……。僕、錬金術は得意じゃないんだけど」

「そうですか。では仕方がありませんね」


 仕方がない。それはいつもと同じように無表情のまま呟かれた言葉であったが、グレアにはそこに失望が込められているように感じられた。


「っ……。どうすれば良いの?」


 知識だけのヴィーレとは違って、グレアは義肢職人としてプロである。だがそんなグレアは素人と言ってもいいヴィーレに教えを乞うている。そのことについては構わない。自分が足りていないことなど承知なのだから。

 だけど、認めていても悔しさはあるのだ。その悔しさを押し込めて教えを乞うているのに、こんなふうに呆れや失望を向けられてはその悔しさが……みじめさが余計に際立つ。


 それでもグレアは、唇を噛み締めながらもヴィーレに教えを乞う。そうすることが最善だと理解しているから。


 悔しがりながらも自身のことを見て問いかけてきたグレアのことを見ても、ヴィーレとしてはグレアが思ったように失望したなどと思っていなかった。そのため、何やら様子がおかしいと感じながらもそれまでと同じようにただ淡々と話を続けた。


「お父様の残した記録の中から基礎的なものを書き出しておきますので、後程お読みください」

「書き出すって……もしかしてミムスさんの研究成果を全部覚えてるの?」

「はい。ですので、必要な情報は全てお渡しいたします」


 ヴィーレは人間ではないため、普通の人間ができないようなこともできる。その一つが資料の完璧な記憶だ。それはもはや記憶というよりも記録と言ったほうが正確だろう。

 その能力を使い、ヴィーレはミムスの作業の手伝いをしていた。

 その能力があるから手伝っていたのか、手伝ってもらうためにその能力を加えたのかは分からないが、そのおかげで今役に立っているのだからグレアにとってはどちらでもありがたいものだろう。


 そうして、ヴィーレの書き出した資料を読みながらもヴィーレに指摘され続ける日々は過ぎていく。

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