第8話素材採取に向かう朝
——◆◇◆◇——
「おはようございます」
「う、うん。おはよう」
「それでは、グラフトラ鉱石の採取に向かいましょう」
「そうだね。今日はよろしく」
翌日、様々な準備を終えた二人は街の外に出るべく、街を囲っている壁に二つある出口の内の一つへと向かって工房を出発した。
「それにしても、少し驚いたかも」
道中、グレアは隣を歩くヴィーレの姿をチラチラと横目で見ながらそう切り出した。
「何がでしょう」
「ヴィーレの格好だよ。まさか、ちゃんとした格好で来るなんて。まあ随分身軽な感じだけど」
本日のヴィーレの恰好は普段の服装とは違い、胸当て、膝当て、手甲程度の簡易的なものではあるが、しっかりと防具を身に着け危険地帯に行くための格好となっている。
加えて、帯剣していることもあって今のヴィーレをただの町娘と間違えることはないだろう。
「そうでしょうか。これが普通の格好であると認識していましたが。グレアは重量のありそうな装備ですね」
「まあ、これくらいしないと僕は戦えないからね。っていうかこれが普通だよ」
そう言いながら肩を竦めたグレアだが、こちらも胸当てや膝当てなどの簡易的な装いではあるが、それ以外の装備がヴィーレとは違った。
グレアはヴィーレと違い腰に剣がない代わりに短剣が差してあり、背中にはかなりの量の荷物が入ったカバンを背負っている。
その中には今回の素材集めのために使用する〝かもしれない〟道具が複数入っている。
それだけの荷物を持って移動するのは体力を消費することになるのは当然である上、持って言った道具をすべて使用するとは限らない。むしろ、持ってきた道具の大半は使用することなく終わるだろう。だが、それでいいのだ。それが普通であり、これだけ備えてようやく外に出るのに相応しい格好と言える。ヴィーレのような剣だけをもって外に出る、などというのは実力のある騎士か、そうでなければ単なる自殺志願者、あるいは英雄願望の阿呆だと言われることだろう。
「それが、普通……」
普通の生活を目指していたヴィーレとしては、自身の装いが普通ではないと言われて眉を顰めながらグレアのことを見つめる。
だが、どう考えてもヴィーレにはそれだけの装備が必要になるとは思えなかったし、効率的ではない……端的に言って邪魔だとしか思えなかった。
「でも、ヴィーレは剣を持ってるってことは、騎士だったんだね」
この世界における騎士というのは、街を守るための組織に所属して戦う者のことを言う。傭兵に協力を頼むこともあるが、基本的にはどの街も『騎士』が屍獣と戦い街を守っているのだ。
「いえ、騎士ではありませんが」
「え? でも剣を持ってるってことは、剣で戦うんでしょ? 強化魔法も使えるんだよね?」
剣を持って屍獣と戦う者は少ない。大抵が銃や機構道具などの近代武器を使うし、グレアもそうだ。荷物の中に入っているのはほとんどが魔法の力が込められている機構道具ばかり。
近接武器を使う者もいるが、そういった者達は全員自身の身体能力を強化する類いの魔法が使える。むしろ、そうでなくては近接武器を選ぶことができない。身体強化ができずにそんな武器を使えば、待っているのは死だからだ。
だが、そうした者達もメイスや槍など、刃筋を気にしなくてよかったり距離が取れたりする武器を使う。剣を使うのは、もっぱら訓練を積んだ騎士達だ。だから剣を帯びているヴィーレのことを騎士としての立場を持っているのだと考えた。
だが、実際はそうではない。ヴィーレは剣を振るうが、騎士ではない。
「はい。ですが騎士としての活動はしておりませんので、騎士ではありません」
「ああそういう……でも、戦うこと自体はできるんだよね?」
「はい。その点に関しては問題ありませんので、ご安心ください」
その言葉を受けてグレアは納得したように頷いたが、ここで二人の認識の違いがあった。
グレアは、『ヴィーレが〝現在は〟騎士として活動していないだけで、騎士としての活動をしていたことがある』と考えた。
だがヴィーレは『騎士として訓練したことも活動したこともないので騎士ではない』という意味で答えたつもりだった。
実際、〝ヴィーレ〟は騎士として活動していたわけではないし、騎士としての訓練を受けたこともない。〝今のヴィーレ〟に関しては言わずもがな。
だが剣を振るって屍獣を倒してきた記憶だけは間違いなく存在しているため、ヴィーレは問題なく戦う事ができるだろう。
その為、二人のすれ違っている考えは致命的なものとなることはなく、その考えの違いに気づくこともなかった。
「本当は、今日はすぐに採取に行けないと思ってたんだ」
「なぜでしょう? 何か問題でもあったのでしょうか?」
ヴィーレが知っている範囲では、本日はグレアには何の用事もなかったはずだ。その為、今日来ることができないと考えていたと聞いて、何か問題が生じたのかと首を傾げた。
だが、そんなヴィーレを見てグレアは苦笑しながら首を横に振って答えた。
「そうじゃなくってね。ヴィーレの装備を見繕う必要があるかもな、なんて考えてたんだ。けどいざ会ってみたらちゃんと装備してるし、その心配は無意味だったみたいだけどね」
ヴィーレは今まで戦えるような仕草をしたことはなかったし、戦いに関して言及することもなかった。その為、グレアはヴィーレを街の外に出たことのない普通の街娘だと考えていた。
そんなヴィーレをできる限り安全に外に連れていくためには、相応の装備や道具が必要になる。その準備に時間を使うことになるだろうと考えていたのだ。
だが、ふたを開けてみればヴィーレはしっかりと装備を身に着けており、今回が初めてというわけでもなさそうな貫禄もある。それを見てグレアは準備は不要だと判断したのだ。
とはいえ、ヴィーレが奇麗な女性であることに変わりはない。街の外に行くことを提案したグレアの中には、ヴィーレのことは自分が守らなければという意識が存在していたのだった。
「採取のために街の外に向かうのですから当然ではありませんか?」
「そうなんだけどさ、でも普通の女の子って街の外に出たり剣を振るったりしないでしょ? 男の人だって用がなければ街の外に行く装備なんて持ってないんだもん。剣を持ってるだけでも驚きなのに、ちゃんと街の外に出るための装備ができる人って珍しいからそう考えてたんだ」
「……私は、普通ではないのでしょうか?」
グレアはヴィーレが剣を使って戦う事に感心しながらそう話したのだが、ヴィーレはそんなグレアの言葉を聞いて不安そうに眉を寄せながら小さな疑問を口にした。
「え? いや、まあ全くいないってわけでもないし、珍しい、ってくらいかな。ヴィーレの場合は、誰かから教えてもらったりしたの? あ、お姉さんが聖女様なんだっけ? じゃあそこから色々聞いたりしたのかな?」
「……そうですね。私は聖女の知識と、お父様のお言葉によっての知識がありますので」
ヴィーレは一瞬躊躇ってからそう発言したが、本当に僅かだったその躊躇いにグレアは気づくことなく話を続けた。
「お父様……ミムスさんかぁ。腕がすごいのはヴィーレのことを見てればわかるけど、どんな人なんだろう?」
「素晴らしい人でした。最後まで娘のことを考え、ご自身の意思を貫き通し続けた素晴らしい方です」
――素晴らしい人〝でした〟。
そんなヴィーレの言葉に違和感を覚えたグレアは訝し気に眉を寄せ、ハッと何かに気が付いたように目を見開くとヴィーレを見つめた。
だがヴィーレはそんなグレアの視線に気づいてか気づかずか、ただ正面を見て歩き続けている。
そんなヴィーレの態度を見て迷ったグレアだったが、結局グレアは意を決して口を開き、問いかけることにした。
「……もしかしてだけど、ミムスさんは……」
「亡くなりました」
「っ! ……そう、なんだね……」
そうであってほしくないと思い……いや、願いながら問いかけたグレアだったが、淡々と返ってきたヴィーレの言葉を聞き、一瞬だけ足を止めた。だが、変わらずに歩き続けるヴィーレを見てグレアもすぐに歩き出し、再びヴィーレの隣に並びながら小さく言葉を返した。
「はい」
「……その、お葬式とかはやらなかったの?」
グレア自身はミムスの知り合いでもなんでもないが、ミムスほど高名な技師が亡くなったのであればその葬式は大々的なものとなり、それは世間へと広まっていたはずだ。
にもかかわらずミムスの葬式が行われたという情報はグレアの元には入っていない。だからこそミムスが死んだ事実に驚いたのだが、ミムスほどの人物が葬式をしないことに疑問を覚えたのだった。
「葬儀は申し付けられませんでしたので」
「申し……? ……で、でも、残念だね。僕も一度くらいは会ってみたかったんだけどなぁ」
ヴィーレの言葉選びのおかしさに首を傾げたグレアだったが、葬式はしなくてもいいと言われたのかな、と勝手に納得して話を続けることにした。実際には言葉選びを間違えたのではなく、事実としてヴィーレはミムスに〝幸せになれ〟以外の指示をされていなかった。だから葬式をせずに埋葬をしたに留まったのだ。
「そんなことよりも、今は採取に向かいましょう。話をしていたことで機会を逃すのは不合理です。話をする時間が必要なのであれば、予定を終わらせてから空き時間で話をすればいいでしょう」
「あ、そうだね。ごめん。それじゃあ行こうか」
既に終わった話なんかよりも、これからの方が重要であると考えたヴィーレは今日これからの話をしたかったために話しを変えたのだが、それがグレアからすれば死んで間もない父親の話をするのは辛く悲しいのでしたくないから話題を変えたように思えた。その為グレアはそれ以上ミムスについて話をすることはせず、ヴィーレが促したように今日の事について話をしていくことにした。
だが、このすれ違いはお互いに気づかなくて幸せだったのかもしれない。父親が死んでも何も感じていない人間だと思われれば、きっとお互いにやりづらくなっていただろうから。とも知れば、人間ではないということにさえ気づかれていたかもしれないのだから。
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