第7話素材不足の解決法

 

「——あ」


 ヴィーレが結婚というものに興味を示してから一週間ほど経ったある日、いつものように作業をしていたグレアだったが、突如作業中に間の抜けた声を漏らした。


「どうかされましたか?」

「え、あ、うん。ちょっとね。ここなんだけど……ルルオリよりもグラフトラの方がいいよね?」


 最初は義肢職人の頂点ともいえるミムスの知識、技術を教えてもらっても、それを理解するだけでグレアには精いっぱいだった。

 ミムスの技術の結晶であるヴィーレの腕を模倣しようにも具術も知識も足りないグレアでは完全に真似ることはできず、教えてもらった知識を使って自己流に制作を行うこととなった。


 だがその作業の途中、これまでは最善とされてきた義肢作りの方法、素材が最善ではないのではないかと気づき、少し不安そうにしながらもグレアはヴィーレに問いかけた。


「そうですね。ルルオリ鉱ですと作業の難度は下がりますし色々と調整が利きやすいですが、同時に魔力の伝導効率も落ちます。グラフトラ金属であれば、多少の加工は必要ですが正しく使用すればより良い結果を出すことができるでしょう」


 いつも通り、喜ばれたり褒められたりするわけでもないが、失望されることもない淡々とした言葉に安心したグレア。だがそんな答えにホッとしつつも、今度は別の問題が出てくることとなった。


「だよね。そうすると……素材が足りないなぁ」


 これまではそうするべきだと言われていたし、そうだろうとグレア自身思っていた。だから用意してある素材は使うものしかない。

 使う予定のない素材もいくらかは余分があるが、グレアの技量では新しい方法を試す際に完璧に成功するとは思えない。その為、何度も失敗することを想定して素材を用意しなくてはならないのだが、そうなると素材が圧倒的に不足していることになる。


「必要とあれば私が買って参りますが」

「ありがとう。でも、多分足りないんだよね。ほら、今技師大会が開かれるでしょ? だから、グラフトラは品切れだと思うんだ。元々流通量が多いものでもないしね」


 グラフトラという金属は、扱いは難しいし使う場所も限られている。その上他の素材でも代用可能なのだからあまり使われない。だが、その性能、性質は知られており、普段から好んで使う者以外に、大会に向けて自身の腕を自慢するためにあえて難しい素材を選ぶ者もいる。

 その為、大会の近づいている今は必要な量を買い集めるのも難しいだろうとグレアは考えていた。


「ですが、そうしますとルルオリ鉱石を使用されるのですか?」

「うーん。魔力伝導効率に違いがあるっていっても些細なものだし、それでも問題らしい問題はないんだけ……」


 正直なところ、ヴィーレは〝より良い結果〟と言ったが、その変化は微々たるもので、一般人が使った場合はほぼ気付かないだろう程度の差だ。


 軍人や騎士のように戦闘に携わる人間であればその動きの変化に気づくかもしれないが、そんな者達でさえも気づかない場合だってある。その程度の変化でしかないのだ。


 だから普通のグレアのように市民のために開いている店では、その程度の変化は気にしない。それよりは素材の入手しやすさや整備のしやすさ、制作の速さなどを気にする。


 その為、この程度の変化なら無視しても良いんじゃないか、と思ってしまった。


 そう言いながらグレアはチラッとヴィーレの顔をうかがうように目だけで彼女のことを見たが、そんなグレアの行動はお見通しとばかりにヴィーレと視線が合ってしまったグレア。

 それによってグレアは慌てて視線を作業台の方へと戻し、言い訳をするように話し始めた。


「や、やっぱり作るなら今の僕にできる最高のものを用意したいんだよね。だから、ちょっと採りに行こうかと思うんだ」


 ヴィーレはそんなことは思っていないが、グレアはさきほどのヴィーレの視線に、日和って簡単な道に逃げようとした自分を責めていたかのように感じてしまった。その為、先ほどの自分の言葉を誤魔化すかのように慌てて言葉を紡いでいった。


「採取ですか。しかしながら、街の外に出ることになれば相応の危険が伴いますが」


 普通、人間の住んでいる街は巨大な壁に囲われている。これは『闇』に呑まれた『屍獣』が襲い掛かってくるからだ。

『屍獣』――それは死にながらにして動き続ける、死ぬことのできない哀れな獣。死後、魂が神の許に送られることなくこの世に留まり続け、だが『命』という守りを失った魂が『闇』に汚染されたことで真っ当な知能すら失った生きる屍。


 屍獣は自身の汚染された魂をどうにかしようと、汚染されていない魂を持っている存在を襲う。そうして汚染されていない魂を取り込んで『闇』を浄化しようとしているのだが、それは叶わないことだ。だが、屍獣となった者にそんな理屈は関係ない。ただそういう本能で行動しているだけなのだから。


 人間のように一定以上の知能がある存在は屍獣となったとしてもしばらくは生者のように振舞うことができるが、いずれは必ず狂い、本能のままに動き出す。そして、人を襲う。それが知人であろうと親であろうと、我が子であろうと。


 だから街は壁に囲われていなければならないのだ。人々の生活を守るために。

 別の街に行くことなんて一般市民では到底叶わず、素材を取りに行くにしても命がけ。街の外に出ていく者は、そんな危険を覚悟で出ていくしかない。

 もっとも、街の周辺は騎士団が定期的に処理しているので然程屍獣が多いわけではない。だがそれでも、命の危険がある場所に好んで出ていく者などいない。


 命の危険がなければ街の外に出たいと思っている者はいるだろう。壁の存在をうっとうしく思っている者もいるだろう。だが仕方のないことだ。命には代えられないのだから。


 街を覆う壁がなくなり、街の外を出歩ける時が来るとしたら、それはこの世界から『闇』が消え去った時だけだろう。


「それは仕方ないよ。どこかの傭兵団に採取を頼んだとしても、そんなに依頼金を出すことができないから後回しにされると思うし、自分で取ってくるのが一番早いと思うんだ。それに、傭兵にも当たり外れがあるから、採取が下手な人に当たるとその後の処理に手間がかかる上に、肝心の魔力伝導効率が落ちるかもしれない。それを考えると、やっぱり自分で採りに行くのが一番良いんだ」


 街の外は危険であるが、同時に危険だからこそ金儲けの機会でもある。

 街の中では手に入るものが限られているため、外に取りに行くしかないのだが、外に出ていけば命の危険があるのだから、専門の業者に頼むしかない。

 だが、命の危険がある以上はどうしたって相応に金がかかってしまう。


 仕方のないことではあるが、それほど金に余裕のあるわけでもないグレアとしては、素材のために人を雇うことはできなかった。


「その考えは理解できます。ですが、あなたは戦うことができるのですか? 街の外は屍獣が存在しておりますので、不用意に出ていけば死ぬことになるかと思われます」

「は、はっきり言うね……」


 グレアは義肢職人であり、見た目も到底戦えるようには思えない程線の細い体つきをしているため、ヴィーレは本当に戦う事ができるのか問いかけた。だが、そんなヴィーレの言葉にグレアは苦笑しながらも、自分の見た目については理解しているのかヴィーレの言葉に過剰に反応することはなかった。


「事実を告げただけです。勘違いや思い違いをしたまま行動をすれば、取り返しのつかない結果になることもあり得ますので」

「そうだね。でも、大丈夫なんだよ。僕はこれでも強いんだから」


 そう言って笑っているグレアを見るヴィーレだが、いま改めて見直してみてもグレアが強いようには思えなかった。そのためヴィーレには珍しく、わずかばかりではあったが眉を寄せて悩みだした。

 そして、一つの答えを出した。


「……でしたら、私も同行いたしましょう」

「へ? ……ええっ!? ヴィーレもっ!?」


 突然の思わぬ言葉にグレアは驚きに目を見開き、慌てて立ち上がりながら叫んだ。

 だが、グレアの反応も当然のものだろう。なにせグレアが強そうには見えないのと同様に、ヴィーレもまた戦えるようには見えないのだから。二人のうちどちらが外に行くように思えるかと言ったら、まだグレアの方がそうだと思える。


「ご安心を。少なくとも、常人よりは戦いに向いている身体ですので」

「戦いに向いてるって……」


 一瞬、ヴィーレは何を言っているんだとグレアが思ったが、すぐにハッとしたようにヴィーレの腕を見ることで彼女の言葉の意味を理解した。


 ヴィーレの腕は、グレアが壊してしまったせいで完全な状態ではないとはいえ、それでも義肢であり、〝至高〟の義肢職人ミムスの作品だ。その性能は、制作者であるミムスと使用者であるヴィーレを除けば修理をしたグレアが一番よく知っている。そして、その性能はたしかに戦闘に耐えうるものだった。むしろ、戦闘のために作られていると言ってもいいかもしれない程に高性能な代物だ。

 それを考えると、ヴィーレの言っていた〝戦いに向いている身体〟という言葉も納得がいくというものだ。


「そうだね。でも、僕だって戦えるんだよ。そういうわけだから、明日グラフトラの採取に行くための準備をしてくるよ。ヴィーレはもう今日は帰っていいよ! また明日の朝に!」


 お互いに戦う事が出来、引くつもりはないのだと理解したグレアは、戦えると言っても街の外に一人で行くことに不安もあったため、ヴィーレを説得するのではなく二人で共に街の外へと向かうことを了承した。


 こうして二人は大会出品用の作品を作るため、素材を集めるべく街の外へと向かう計画を立て始めた。


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