第9話採取中の異変

 

「——ふう。これだけ集まれば十分かな」


 グレアとヴィーレの二人が街の外に出てから数時間。昼を過ぎ、日が暮れるまで数時間となったところで、二人は目的としていた量の鉱石を集めることができた。


「まだ持つことはできますが、よいのですか?」


 目的の量は集まったと言っても余分にあるに越したことはないし、時間もまだ残っている。鉱石が重いと言っても、人間ではないヴィーレにとっては多少の差など関係ないためそう提案をした。


「うん。これ以上は持てるって言っても重いでしょ? 万が一ってことがあるし、もしもの時に動けないのは嫌だからね」


 ヴィーレのことを純粋な人間だと思っているグレアは、壁の外で荷物が増える事によって動きが鈍ることを懸念してヴィーレの言葉に首を振って答えた。


「そうですか。では——敵です」


 だがグレアの答えに頷いたその瞬間、ヴィーレはぐりんと音が聞こえてきそうなほど突然とある方向へと顔を向け、小さく呟いた。


「っ……ど、どこっ!?」

「しっ。お静かに」

「あ、う、うん。ごめん」


 敵が来た。そう聞いてグレアは腰を落としてキョロキョロと方々へと視線を走らせたが、それと同時に慌てた様子で声を荒らげてしまい、それをヴィーレに咎められてしまった。

 だがそのおかげでグレアも多少なりとも落ち着くことができたので、結果としては怪我の功名と言えるかもしれない。

 もっとも、ヴィーレのことを守ろうと密かに考えていたグレアとしては、守るべき対象であるはずのヴィーレに咎められたことで気落ちすることとなったが、まあこの場においては些細な事だろう。


「……種類はわかる?」


 ヴィーレに咎められたことで気落ちをしたグレアだったが、状況が状況だけにすぐさま意識を切り替えて小さな声でヴィーレに問いかけた。


「四足型。おそらくは犬系統です」

「一体だけ、で良いんだよね?」

「はい」

「なら、なんとかなるかな」


 ホッとしたように一息ついたグレアは、腰につけていた銃を手に取るとその中身や状態を確認し始めた。


「それは?」

「捕獲弾だよ。屍獣は殺しても死なないから、死体がなくなるまで粉砕、あるいは焼却するしかない。けど、そんなことやってる暇はないし、そもそもそんなこと僕達にはできないでしょ? だから、捕獲するんだよ。で、そのまま逃げるんだ」

「なるほど。確かに、一般人が戦うことを考えれば、効果的だと言えるでしょう。ですがそれでは屍獣を野放しにするということではありませんか?」


 ヴィーレの言ったように、ただ拘束するだけであればいずれ拘束から逃げ出し、自分たち以外の別の獲物を襲うことになる。それは他の獣かもしれないし、人間かもしれない。

 万が一の場合に人間が襲われてしまうことを考えると、今ここで屍獣を倒しておいた方が世のためと言えるだろう。


 だが、そんなヴィーレの言葉にグレアは苦笑しながら頷いた。


「そうだけど、仕方ないよ。僕達じゃ倒せないんだから」


 屍獣はとにかく生命力が強い。いや、すでに死んでいる肉体が死ぬこともできずに動き続けているだけなのだから、〝生命力〟というのは少しおかしいかもしれない。だが、わかりやすく言うのであれば決して間違いではないのだ。


 既に死んでいるために生半な傷では動きを止めず、獲物をしとめるために動き続ける。手足が取れ、頭の半分が吹き飛んだとしても、動くことができるのならば動き続ける。


 そんな存在を相手取るというのは、いくら武装をしていると言っても一般人では難しい。

 完璧に屍獣を倒すためには、炎を操る魔法が使えるか、あるいは聖者たちのように浄化の奇跡が使えなければならない。


 もしくは、魔法を使えずとも火を熾して火葬するか、全身を切り刻むか砕くかすれば屍獣も死ぬが、それは作業する者と警戒する者を揃えることができる大規模な集団であればこそできることだ。今の二人しかいないグレアとヴィーレでは、そんな作業なんてしている余裕はない。

 その為、今は敵の動きを止めたまま逃げるのが最善の方法なのだ。


 ――もっとも、それはヴィーレという〝聖女〟がいなければの話だが。


「とにかく、僕がやるから、ヴィーレは下がってて」

「はい。それではよろしくお願いします」

「うん」


 今この場には、正式に任命されていないとはいえその能力だけは保有しているヴィーレがいる。であれば、〝ヴィーレ〟がそうしていたように屍獣を浄化してしまうのが最も相応しい方法だろう。


 だが、ここでその話をしても無駄に時間がかかるだけで、話に時間を取られてしまっては現座自分達へと迫っている屍獣への対処に不備が出てしまうかもしれない。

 その為、説明をするにしても実際に浄化してから説明をすればいいだろうと判断した。

 そして、敵の動きを止めるというグレアの案にしても、相手の動きが止まっていれば浄化をしやすいということもあって、ヴィーレはグレアの考えに否を示すことなく頷いた。


 そうして二人はできる限り静かに行動し、こちらに迫っているという敵を待ち構え、遂にその時が来た。


「今だ!」


 森の木々をかき分けて飛び出してきたやせ細った野犬のような形状をした屍獣を見るなり、グレアは反射的に叫び、向けていた銃の引き金を引いた。


 余計な音を出して更なる敵をおびき寄せないようにするためか消音機のついていた銃口から、拳大もどもありそうな弾が放たれた。


 その大きな弾は屍獣へと命中し、その瞬間に弾がはじけるように広がり、網となって屍獣を絡めとった。

 空中でネットに絡めとられた屍獣は、キャンッと犬のような悲鳴を漏らして撃ち落とされていく。


 だが、銃撃を受けて頭部の一部が陥没しているものの、まだ動く分には何の問題もない。屍獣は自身にまとわりついている網をどうにか外そうともがくが、粘着性でもあるのか網は屍獣の体から離れる様子はなかった。


 今であればそう難しくもなく逃げ出すことができるだろう。自身の攻撃がうまく決まったことでそう判断したグレアは、喜びながら後ろにいたヴィーレへと振り返った。


「や、やった! よしっ。ヴィーレ! 逃げ——」

「お疲れ様です。あとは私が」

「え? ヴィ、ヴィーレ? 何をして……っ!?」


 だが、逃げようとしたグレアとは対照的に、ヴィーレは腰に帯びていた剣を抜き放ち、屍獣の許へと近づくと剣を屍獣へと突き立てた。

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