第24話作品の完成

 

 ――◆◇◆◇――


「――できた」

「お疲れ様です」


 大会出品用の義手を作り始めてからしばらくが経過し、遂にグレアは作品を完成させることができた。


 よほど疲れているのか、それとも完成に安堵したのか、グレアはヴィーレの言葉に頷きながら大きく息を吐き出し、汚れることなど気にせずに机の上に突っ伏した。


「……長かったけど、意外と早かった気もするなぁ」

「製作期間は二十六日。およそ四週間でした」

「うん。後一週間くらいはかかると思ったんだけど、これもヴィーレのおかげだよ」


 後一週間かかったとしても大会までには間に合っていたが、時間があればその分確認に当てることができるため、早く終わるに越したことはない。


 だが、そんなふうに早く完成させることができたのも、グレアも言ったようにヴィーレのおかげだった。ヴィーレが素材の発注を済ませていなかったり、作品の途中経過の確認に協力してくれたからこその時間だ。


 しかし、ヴィーレは自身は何もしていないと考えているため、グレアの言葉に首を傾げた。


「私は製作には関わっておりませんが?」

「そんなことないよ。ヴィーレが道具や素材を手配してくれたから途中で困ることもなかったし、実際に使ってもらったからその感想を反映することもできたんだ。義肢って接続するときに痛みがあるし、そう簡単に義肢の付け替えを協力してくれる人はいないからそれだけでも十分有り難いよ」

「お役に立てたのであれば幸いです」


 それでもあくまでも腕を作ったのはグレアなので、この結果はグレアのものだとヴィーレは考えたが。

 だが、まあ役に立ったと言っているのであればそれはそれで構わないとして、嬉しそうに話したグレアのことを見ながら話を流すこととした。


「……ただ、ごめん。これだけ協力してもらったのに、まだ君の腕を完全に直すことができないや」


 不意に、それまで喜んでいたグレアが突然表情を曇らせてそう言い始めた。

 一応既に終わった話ではあるのだが、これほどまでに協力してもらっておきながら完全に腕を直すことができず、申し訳なさが湧いてきたのだ。


「そのことは承知しています。今のあなたの技量では直せないことなど、初めから分かりきっていました」

「それはそうだけど……結構はっきり言うね」

「何か問題でしたか?」

「……いや。君はそういう人だったね。まあ実際僕の腕が君のお父さんに及ばないのは分かりきっていたことだけどさ」


 世界最高の職人と比べるなんて烏滸がましい。そんな思いは今もある。

 それでも以前よりは腕も良くなったと思っていただけに、はっきり言われると少なからず心にくるものがあった。


 だが、そうしてはっきりというのがヴィーレだと理解しているために、グレアは肩を落としてから苦笑を浮かべた。


「なんにしても、これで大会に出品する作品は完成だ。後は前日になったらマーガレットに預ければ……」


 と、そこまで口にしたところで不意にグレアは動きを止めた。


「はあ……」


 かと思ったら突然ため息を吐きだし、流石に人の心の機微に疎いヴィーレであってもこれはおかしいと分かったため、首を傾げた。


「どうかしましたか? 何か不備でもありましたか?」

「あ、ううん。そういうのじゃなくてさ」


 自分でも意識しないうちに零れた溜め息に気が付き、心配させたかと慌てて否定したグレアだったが、ヴィーレから視線を外して少し悩んだ様子を見せた後、静かに話し始めた。


「……僕がこの大会に出ようとした理由なんだけど……ヴィーレに話したっけ?」

「いいえ。グレアから直接伺ったことはありません」

「そっか。えっと、なんかごめんね。理由も話さないで協力してもらって」

「私としても報酬をいただいての仕事でしたので、問題ありません。どのような理由であろうと、雇用関係には影響しませんので」

「……そうだね」


 全く自分のことを気にしていない、というのもそれはそれで心が傷つく。もう少し気にしてくれてもいいんじゃないかと思ったグレアだったが、自分達はそんな特別な関係じゃないのだから仕方ないと自分を納得させた。

 だがその表情は実に情けないものとなっていた。


「……んんっ! えっと、それで僕が大会に出る理由だけど……まあ報酬と名誉っていう、普通のものが理由だよ。大会に出て優勝すれば、義肢職人として有名になる事ができるし、それに貴族にだってなる事ができるかもしれないんだ」


 どんな大会でも規模の違いはあるが、大まかには名誉と金銭という二つのものが賞品となる。

 ただ、今回の大会は普段開かれている小規模なものとは、文字通り規模が違う。

 普段の貴族たちや商人たちが開くものではなく、今回は国そのものが開く大会であり、今では名誉職でしかないが立派な地位である貴族としての立場を手に入れることができるものなのだ。


「貴族ですか? ですが、グレアは元々は貴族だったのではありませんか?」

「ああうん。まあ、馬鹿だったせいで自分で捨てちゃったけどね」

「そのようですね。しかし、貴方は一度自主的に貴族の籍を捨てたというのに、再び貴族になるために努力するというのは些か不合理的なように感じられます」


 いかに愚かだったと言えど、自分で捨てる程度のものだったことに変わりはない。いかに状況に酔っていたのだとしても、本当に捨ててはいけないものであれば捨てないはずだ。けれどグレアは貴族としての身分を捨てた。

 つまりはその程度のものだったということだ。

 そんなものを再び欲するなど……それも不利な状況であると理解していながらも困難に挑戦してまで勝ち取ろうとするなど、ヴィーレには理解できなかった。


「……まあ、そうだね。僕だって、身分を捨てたことはバカだったと思うし、できれば持っていた方が良かったってことも理解してるけど、所詮あったら楽だったってだけで、そこまで欲しいってわけでもないからね」

「でしたらなぜ?」

「……実はさ、母さんの体調が良くないんだ。うちだって結構裕福な家であることは認めるけど、それでもあくまで〝一般市民〟でしかないんだ。そんなただの市民である僕じゃ、母さんの体は治せない。きっと高位の神官や貴重な薬を使わないといけないけど、そんな金も伝手もない。だから、貴族になりたいんだ。貴族じゃなかったとしても、有名になって貴族たちと繋がりを作りたい。うまくいけば、きっと母さんの体も治るはずだから」

「……そうですか」


 自分はもうすぐ死ぬ。そうセリア本人から聞いていたヴィーレは、グレアの言葉を聞いても驚きはなかった。普段通り無表情のまま頷こうとした。

 だが、すぐには言葉が出てこず、ヴィーレは一瞬だけではあったが言葉に詰まってしまい、自身も知らずの内に眉を顰めてしまっていた。


「うん。だから絶対に大会で優勝しないと」


 優勝し、貴族としての地位を手に入れたところできっと治らないだろう。魂が『闇』に侵されるというのはそういうことだ。


 そのことを理解しているヴィーレは、奮起するためか自身に言い聞かせるように呟いたグレアを見ながら言葉に迷い……


「……そろそろ時間ですので、私は工房の掃除をしたのちに帰らせていただきます」


 結局グレアには何も言わずにその場はそれで話を終わらせることにした。


「あ、うん。もうそんな時間だったんだ。ごめんね、長話につき合わせちゃって」

「いえ……問題ありません」


 自分の今の対応が、今までのヴィーレではありえない程人間臭い行動だと気づかないまま。

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