第25話もう一人の知り合い

 ――◆◇◆◇――


 グレアの意気込みを聞いた日からしばらくして、とうとう大会の前日となったグレアたちは、作品である義手を提出するためにギルドへと向かっていた。


「ああ……どうしよう……」


 だが、その途中で不意にグレアが足を止め、自身の抱えている義手へと視線を落とした。


「どうかしましたか?」

「いや、ちょっとさ……これで本当に良いのかって思っちゃって……」


 以前ヴィーレに確認してもらった時は問題なかったし、完成後に何度も確認をしたのだから問題がないことは理解している。義手の出来自体も、自分の中では最高傑作といっていいほどの仕上がりとなっているのだから、これ以上のものを用意することは今のグレアにはできないだろう。


 だが、そうと理解していても自分の人生がかかっていると言ってもいい大会に参加するのだから不安に思わないわけがない。しかも、今の自分は圧倒的に不利な立場での参加だから、グレアの反応も仕方ないものだろう。


 しかし、ここで立ち止まったところで結果なんて変わりはしない。別の作品が用意してあるわけでもなく、今から用意する時間もないのだから、覚悟を決めるしかないのだ。


「ですが、仮に気に入らないところがあったとしても、本日提出しなければ大会に参加することは叶わないかもしれませんよ?」

「そうなんだけどさ……でも……」


 グレアは分かっていると言いながらも視線を下に向けたままるき出さず、ヴィーレはそんなグレアの様子を見て、知らずの内に小さく溜め息を吐き出した。


「ではギルドについてから部屋を一つ借りますか? 気になることがあるのでしたら、そちらで調べてから提出すればよいのではないでしょうか」

「あー、まあ、うん。そうかもしれないけど、そこまでするほどじゃないっていうか……」

「では今から工房に戻りますか? その場合はギルドの営業時間に間に合わず提出できない可能性がありますが」


 ここまで来ると流石のヴィーレも苛立ちを感じたのか、表情は変わらないもののその声音は普段よりも幾分か固いものとなっていた。


 それはヴィーレ自身も気づかないうちに彼女が人間らしくなったという証でもあるのだが、こんな状況では素直に喜ぶことなんてできないだろう。


「うあー……いや、行くよ。どっちみち提出しないといけないのは間違いないんだし、確認したところでどうせ直せるところなんてないんだ。あるとしたら自分の至らなさだけだよ、多分」


 ヴィーレの変化に気が付いたのか、グレアは冷や汗を流しながら深呼吸をし、視線を上げると震える声でそう口にした。

 元より、グレア自身確認なんてしたところで無駄だということは理解していたのだろう。だがそれでも不安に思ってしまった。そしてその不安を解消するためにヴィーレに背中を押してほしいと無意識ながらに思ってしまったからこその行動だった。要はグレアは甘えていただけなのだ。


 だがそんな甘えもヴィーレには意味がなく、振り払われ、苛立ちを向けられて終わった。


「では参りましょう。この場所に留まり続けるのは往来の邪魔となります」

「あー、うん。そうだね。……行こうか」


 まだ緊張はしている。だが、ここで進まないという選択肢はないグレアは、再び深呼吸をしてから歩き出した。


「あー、ほんとに緊張する……」

「マーガレットさんはあちらのようですね」

「あ、ヴィーレ! ちょっと待ってよ!」


 ギルドに着くなり再び足を止めたグレアだったが、そんなグレアの隣をスッと抜けていくようにヴィーレは先に行ってしまった。

 どうやらとうとうグレアの臆病さに付き合うのをやめたらしいが、本当に以前であれば考えられない程人間らしくなっている。


 だが、グレアを置き去りにしてマーガレットのいる受付へと向かったヴィーレだったが、その途中で不意に足を止めた。


「誰かいらっしゃるようですね」


 どうやら他に大会に関する受付をしている人物がいるようで、カウンターの上に何か荷物を置きながらマーガレットと話をしている。


「まあ受け付けだし、普通にお客さんじゃないかな? ……あれ?」

「どうかしましたか?」

「いや……あー。あの人、もしかしたら知り合いかもしれないなって」


 まだ遠目だし後ろ姿しか見えていないから確証はないが、それでもグレアはその人物に既視感を覚えているようだ。


 しかし、どうにもグレアの表情はすぐれないようだ。知り合いだというのに、喜びよりも嫌悪の方が強いのか眉を顰めている。


「お知り合いの方ですか。ではご挨拶に向かいますか?」

「……いや、いいよ。昔の知り合いだけど、知り合いって言っても仲が良い友達ってわけでもないし、どっちかって言うとあまり会いたくないタイプの相手だからさ」


 どうやら相手はグレアが貴族として生活していた時期の知り合いのようだが、マーガレットの時とは違い本当に嫌そうにしている様子から察するに、ただ疎遠になっているから顔を合わせづらいというわけではなく、本当に仲が良くないのだろう。


「そうですか。ではそちらの壁際で待機していますか?」

「……そうだね。そうするのが無難か――」


 そうして二人は件の知り合いが帰るまで目立たないように待っていようと結論を出したのだが、その結論を行動に移す直前で問題が発生した。


「あっ! グレアじゃない。来てたんなら早くこっちに来なさいよ。なにそんなとこで縮こまってるわけ?」


 荷物を抱えながら立ち止まって話し込んでいる二人のことが目についたのだろう。動き出そうとした二人の行動を止めるようにマーガレットがグレアの名前を呼んだ。

 どうやら話はしていたが、受付としての要件自体は終わっていたようだ。


「う……マーガレット……」


 マーガレットに呼ばれたことでグレアはビクリと肩を跳ねさせ、鈍い動きでマーガレットへと視線を向けた。そうなれば当然受付の前にいた知り合いとも顔を合わせることとなるが、その知り合いはグレアのことを見るなり目を見開いて驚いた様子を見せ、数秒してからニヤリと笑った。


 そんな知り合いの反応を見て、グレアは自分達のことを呼んだマーガレットの名前を恨めしそうに呟いた。


「どうされますか? お望みであれば私が代わりに手続きを行いますが」

「……いや、いいよ。ヴィーレに面倒はかけられないし、これくらい僕がやらないとだから」


 そうして一つ深呼吸をすると、グレアは背筋を伸ばして受付の方へと近づいていった。


「や、やあ、マーガレット」

「なにが〝やあ〟よ。その持ってるのが作品? 大会の登録に来たんでしょ?」

「う、うん。そうなんだ。よろしく」


 グレアはマーガレットの言葉に答えながら、意識してすぐ近くにいる知り合いの方を向かないようにしていた。


 あわよくば話が終わっているのならこのまま帰ってくれないかと願っていたのだが、そううまくいくわけがない。


「グレアじゃないか。大会って……もしかしてお前も出るのか?」


 何年もあっていない知り合いであり、これほど近くにいて共通の話題もありそうだとなれば、話しかけないわけがない。

 だが、それでもやはり話しかけてほしくなかったグレアはわずかに表情を歪めてから、すぐに笑みを浮かべてその知り合いの方へと向き直った。


「そうだよ。……久しぶりだね。アッシュ」


 声をかけてきた知り合い――アッシュへと振り向いたグレアはその様子を観察したが、その姿は昔見た時とあまり印象が変わっていなかった。彼が大きくなればこうなるだろうという予想を裏切ることなく順当に成長していた。


 だがそれは、グレアにとってはいいことではない。変わった様子が見られないのであれば、きっとその中身も変わっていないのだろうから。


 そして、そんなグレアの予感は間違っていなかった。

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