第28話作品の登録完了
「さっきはありがとう。それに、信頼できる相手以外にってことは、僕のことを信頼してくれてたんだね」
「私の情報を他人に広めない方が良いという提案自体は私自身賛成しています。ですので、複数人に修理を頼むより一人にのみ頼み続けている方が合理的です。それに、どのみちお父様を超えることはできませんので。誰に頼んだところで結果は変わりませんので」
「ああ、そういう……」
ヴィーレの言う『信頼』が自分が思っていたようなものではなかったからか、グレアは少しがっかりした様子を見せたものの、ヴィーレはそういう人だった、ということを思い出して苦笑を浮かべた。
「話に割り込む感じになって悪いんだけどさー……ちょっと気を付けた方が良いかもよ、あんた達」
だが、そうして話が纏まって大団円、という雰囲気が醸し出されたところでマーガレットが待ったをかけた。その表情はこれから来るであろう未来のことを憂い、めんどくささを感じているようなものだった。
「マーガレット? それってどういうこと?」
「あんた、貴族から離れてたからってあいつの性格忘れたの? あいつ、普段は寛大に、他人を尊重してるつもりで振舞ってるみたいだけど、自分が一番偉い、自分が一番じゃなくちゃ嫌だ、なんて思ってるような奴よ? 逆らったら面倒だし、家の付き合いもあるから話を合わせてるけど、正直言って関わりたくない人種よねぇ」
マーガレットに言われたことでグレアも先ほどまで目の前にいらアッシュのことを思い返してみるが、確かにこの場からいなくなった程度で苛立ちを修めるような奴ではないなと納得を見せた。
そして、納得したグレアはとある可能性に思い至った。
「……もしかして、何か手を出してくるってこと?」
ムカついたからその苛立ちを解消するために、なにか嫌がらせのようなことをしてくるのではないかと考えたのだ。実際、グレアが貴族として暮らしていた時にアッシュと接していたことがあったが、その時も苛立ちを感じさせた人物に向けてその苛立ちをぶつけて解消していた。
「考えておいた方が良いでしょ?」
「それは、まあ……そうだね」
「最悪の場合、あんたの家に襲撃に入るかもねー」
「……ない、って言いきれないのが厄介だよね」
「まあ、流石に殺しはしないだろうから、ちょっと怪我する程度、家具が壊れる程度だと思うからそれくらいなら受け入れればいいんじゃない?」
貴族同士、あるいはそれなりに立場があったり財力があればアッシュも簡単に手を出すことはしないだろう。
だが、今のグレアは貴族でもなければ立場があるわけでもない。住んでいる家は一般人にしては裕福ではあるが、その程度でしかない。アッシュからしてみれば絶好の相手と言えるだろう。
「ですが、それは犯罪になるのではありませんか?」
「それがどうしたっていうのよ? 今のご時世、〝貴族〟って身分は力を失ってきたけど、それでも貴族は貴族よ。いまだに特権階級としての立場はあるし、力を持っている家なら、むしろ昔よりも好き勝手することができるんじゃない? 法律なんて無視してね」
身分が形骸化し、貴族と平民の差がほとんど失われたとしても、それでも貴族は貴族であり、力を失ったわけではない。特にアッシュの実家のように大きなところは今も尚昔のように力を持ち続けているのだから、一般人を相手にした犯罪の一つや二つ、十や二十程度ならどうとでもなる。
「……大会で優勝することができれば何とかなると思う」
苦々しい表情でそういったグレア。確かにグレアの言ったように大会で優勝すれば、そこらの貴族では手を出すことは出来なくなるだろう。今回の大会は国が主導しているものであり、その参加者は国中から集まる。
そんな大会で優勝した者となれば国は当然囲いたいと思うものだし、その安全や生活には気を払う。その為、国に睨まれる危険を冒してまで手を出す愚か者はいないというわけだ。
「優勝って……本気で狙ってるわけ? あんたが?」
「僕だって、今まで必死になってやって来たんだ。それに、優勝まで行かなかったとしても、何かしらの賞に引っかかればアッシュだって無駄な騒ぎを起こしたくないだろうし狙ってこないと思うんだ」
「……楽観しすぎだと思うけど、まああんたがそれでいいならいいんじゃない? あたしには関係ないし」
何十年とこの道を進んできたベテランを押しのけて大会で優勝するなんて、何を馬鹿なことを言っているんだとマーガレットは思った。
だが言ったところでグレアが考えを変えるわけでもないだろうし、そもそもグレアの言ったように大会で優勝するくらいしか有効な手段がないのだから隙にさせればいいと判断し、大きく息を吐き出した。
「問題は大会の結果が出るまで……今日だね」
大会の結果は当日に出る。そして大会自体は明日開催となるため、結果さえ出れば明日からは心配する必要がない。そして結果が芳しくなかった場合はその時に考えればいいのだから、今考える必要はない。
そうなると、問題となってくるのは今日、これから――。
「どっかホテルにでも泊まったらどう?」
今日これから何か起こる危険性があり、もっと言うのなら人目がなく手を出しやすい夜が最も危ない。
その為、襲撃の被害から逃れるためにグレアだけどこかホテルにでも泊まればいいのではないかとマーガレットは提案した。
「無理だよ。母さんを動かすわけにはいかないし、そもそもなんて説明したらいいのさ。僕が狙われてるなんて話したら、それこそショックで死んじゃうかもしれないのに」
「……なに。あんたの母親ってそんなに体調が悪いわけ?」
貴族であった頃もマーガレットはグレアの母親であるセリアに会ったことはなかったし、グレアが貴族を辞めた後はそもそもグレアと会っていないのだから、当然その母親とも会う機会などなかったためその顔を見た事すらない。
だが、グレアは貴族でなくなり市井に下ったのだから、屋敷を追い出された母親と共に普通の市民として暮らしているんだろうと考えていた。
だからまさか、グレアの母親がそんな動けない程体の悪い状態なのだとは思ってもいなかった。
「最近は元気に振る舞ってるんだけどね。でも、多分振舞ってるだけで状態自体は変わらないか、むしろ悪くなってると思う。少なくとも、君が知ってる時よりは悪くなってるよ」
「……そう。……大会が終わったらあんたの家に行くから、用意しておきなさい。賞を取れなかったことを笑いに行ってあげる」
マーガレットはセリアと面識はない。だが、知り合いであるグレアの母親の体調が悪いというのは、なんとなく座りが悪い。自分にそこまで力はないが、それでも貴族という身分は持っているのだから、母親の状態次第では医者を紹介することも可能であるかもしれないと考えたため、後日グレアの家に行くことを希望したのだ。
「ひどいなぁ。どうせ来るんだったら、賞を取れたお祝いにしてくれよ」
「ふん。あんたじゃ賞なんて取れないでしょ。今まで一つも取ったことがないくせに」
「まあ、そうだね。でも、今回は違うんだ。だから期待して待っててよ」
「……別に、期待も何もないでしょ。あんたが賞を取ろうがなんだろうが、私に何か影響があるわけでもないんだし」
自信をもった眼差しで真っすぐ見つめられたマーガレットは、そういうなり難しい表情でそっぽを向いてしまった。
だが、そんなそっけないマーガレットの態度にも文句を言うことなく、グレアは苦笑を浮かべるだけだった。
マーガレットはグレアに意地悪はするが、それは彼女なりのふれあいの延長であり、根はやさしい娘であった。そんな彼女の性格を知っているからこそ、グレアも長年合っていなかったことにバツの悪さを感じていても彼女自身のことを嫌うことはなかったのだ。
「なんにしても、出品用の作品は預かったからさっさと帰りなさい。もう用事はないんでしょ?」
「そうだね。今日のところは帰るとするよ。それじゃあ、手続きと保管はよろしくね。……あ!」
持ってきた大会出品用の義肢を預けた以上は特にここでやることはなく、グレアはマーガレットに促されたように帰ろうと背を向けたのだが、そこでふと何かに気が付いたように振り返った。
「なに? まだ何か用があるの?」
「いや、そういうわけじゃないけど……なんていうかさ、久しぶりにまともに話すことができて少し嬉しかったよ」
「……別に、こっちは嬉しくもなんともないけどね。っていうか、話せなかったって、あんたが勝手に私の事避けてただけでしょ」
「それは、まあ……うん。そうなんだけどさ。少し気まずくってね」
「相変わらず女々しいやつね。ま、精々頑張りなさい」
「うん。ありがとう」
顔をそむけたまま追い払うように手を振られながらの応援の言葉を受け、グレアはへらりと笑うと今度こそマーガレットに背を向け、ヴィーレと共にギルドから去っていった。
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