第27話勧誘失敗

 

「ところでさー……グレアは大会の登録に来たんでしょ? だったらいつまでもその作品を抱えたままじゃなくって、手続きしてくれない? こっちだって仕事中なわけだし、いつまでも話してるわけにはいかないのよね」


 それまで黙って事の次第をうかがっていたマーガレットだが、そろそろアッシュも限界だろうと判断したために、癇癪を起こして面倒になる前に話しの流れを変えることにした。


 その際に話しを切られたせいでアッシュに睨まれたが、その程度であればすぐに忘れるだろうと判断し、マーガレットは視線なんて知らないふりをして流すことにした。


「あ、ごめんっ! それじゃあマーガレット、これをお願い」

「はいはいっと……」


 マーガレットに促されたグレアは、少し慌てた様子で抱えていた大会出品用の義肢をカウンターに置いた。


 見下しているとはいえアッシュも気になるのか、苛立ちを感じながらもその場を去ることはなくグレアの作品に視線を向ける。


 本来はこうして出品前の他人の作品を見ることはマナー違反だが、今更アッシュがそんなことを気にするわけもなく、注意したところで癇癪を起されるだけなのでグレアもマーガレットも止めることはなかった。


「へえ……見た目はかなりいい感じじゃない」


 カウンターに置かれた義肢を手に取ったマーガレットはその包みを解くと中身を確認したのだが、出てきた義肢は彼女が思っていた以上に良い出来に見えたため、感嘆の声が零れた。


 アッシュも触って確認したわけではないが、触らずとも状態を確認することができる程度の目は持っている。その為、グレアの作品を見てその想定外の出来の良さに不愉快そうに眉を顰めるのだった。


「そ、そうかな?」

「まあ肝心なのは中身っていうか、性能の方だけど……確認したの?」

「あ、うん。一応はね。ヴィーレに協力してもらったから動作確認はできてるよ」


 今までヴィーレには問題ないと言われてきたが、言ってしまえばヴィーレは身内だ。審査する側の人間であるマーガレットに褒められたことで、グレアは少し照れながら答えた。


 だが、そんなグレアの答えを聞いてマーガレットは首をかしげながらヴィーレへと視線を向けた。


「ヴィーレって……なに? あんた義手だったの?」

「はい」

「見た感じ義手って感じしないんだけど……それ本気で言ってる? ちょっと手えだしてくれない?」

「どうぞ」

「あ……」


 突然の申し出ではあったが、ヴィーレとしては断る理由もないので迷うことなく頷いた。

 だが、そんなヴィーレの行動をグレアは止めようとしたが、もう遅い。


 差し出された手を取り、その状態を確認していくマーガレットだが、確認していく毎にどんどん眉を寄せて表情が曇っていく。


「……見た目は完全に普通の腕ねー。ってか触ってみても普通に腕なんだけど……これが義手って冗談でしょ? 本当なら作ったの誰なわけ? 流石にグレアってことはないでしょ?」


 義肢であると言われてもそうなのだと気づけない程精巧な腕を前に、マーガレットは訝し気に眉を寄せながら問いかけた。


「製作者はお父様です」

「お父様? 有名な人?」

「申し訳ありませんが、お父様についてはお教えいたしかねます」

「は? いいじゃんそれくらい教えてくれても。職人ってことは名前を少しでも広めた方がいいでしょ?」

「申し訳ありませんが」

「マーガレット。無理に聞き出そうとするのはマナー違反じゃない?」


 あまりミムスの名前を出さない方が良い。グレアからそう言われていたヴィーレは、その言葉を守るためにマーガレットの言葉を固辞する。だが、マーガレットとしてもこれほどの義肢を作れる存在なんて知らない。その為何度も聞き返そうとしたが、そこにグレアが割り込んだ。


「ちっ……何よグレアの癖に」


 それから数秒ほど睨みあいとなり、気圧されて頬を引きつらせながらも退くことをしないグレアを見たマーガレットは、一つ舌打ちをすると不機嫌そうにそっぽを向いた。


「でも、確かにその腕が義手だって言うんだったら作った人は気になるな。純粋に一人の職人として。グレアは知ってるんだろ?」


 だが、ここにいるのはマーガレットだけではない。アッシュもヴィーレの腕の製作者が気になるのだろう。先ほどまで浮かべていた好色とも嘲りとも違う鋭さの感じられる視線でグレアへと問いかけた。


「ま、まあ、一応は……」

「……もしかして、君はグレアのところの客だったりするのか?」


 グレアに聞いているが、自分が手に入れたいと思っているヴィーレの事に関する質問だからか、アッシュも強引に聞き出そうとはしていない。だがそれでも聞きたいという思いは消せないようで、普段とは違い強引ではないが何とか聞き出せないかと少し方向性を変えて問いかけを続けた。


「ど、どうしてそう思うのさ?」

「どうしても何も、最初にお前自身が言っただろ? 不注意で出会ったって。それから〝色々あって〟工房で雇うことになったって言ってたし、もしかしたら不注意で義手を壊したから直すことになったんじゃないか、って思ったんだけど……どうやらあってるみたいだな」

「……まあ、そうだけど……」


 問いかけに答えたグレアの様子を見て、アッシュは何やら異変に気が付いた。

 というのも、グレアの表情がうかないものとなっているのだ。

 そして先ほど見たグレアの提出した腕とヴィーレの腕を比べてみればわかってくることもある。

 つまり……


「その感じだと、まだ完全に直せていないんじゃないか? 大方、大会までの時間が迫っていたから後回しにしたとかそんな感じだろ? まったく……確かに大会は大事なものだが、客のことを後回しにするなんて、職人としてのプライドはないのか? それも、自分が壊してしまった腕なんだろう?」


 確かにグレアの技術はそれなりのものだ。既に何年もこの業界で活躍してきたベテランと比べてもそん色ないほどの腕前となっていると感じた。

 だがそれでもヴィーレの腕を作れるほどの技術はないと感じられた。


 となれば、グレアではヴィーレの腕を直すことは出来ない。

 その事実をアッシュは見抜いていたのだ。


 だからこそ、そう判断したアッシュはここぞとばかりにグレアのことを論っていく。これはグレアの不出来さをヴィーレに知らしめて、自分の方が上なのだと自慢するためであった。


「……」


 後回しにしたつもりはないが、事実として腕を直すことは出来ず、その上で大会のために行動していたのは間違いないので、グレアは何も言い返すことができずに黙ってしまった。


 そしてそれをチャンスととらえたのだろう。アッシュはニヤリと口元に笑みを浮かべるとグレアから視線を外して真正面からヴィーレのことを見つめながら話しだす。


「ヴィーレさん。どうだろうか。グレアは大会のことで手いっぱいで直すことができなかったみたいだが、うちならまだまだ余裕がある。その腕はうちで直そうか?」

「ま、待ってよ! 確かに大会で忙しかったけど、大会での準備はもう終わってるんだ。後は僕がやることなんて何もないんだから、大会が終わったら真剣に取り組むつもりだよ。それに、ヴィーレの腕はちゃんと後回しにしないで視たんだ」

「なんだそうなのか? でもその割には完全に直っていないようだけど……まさか直せなかったのか? おいおい、やめてくれよ。そんな情けない体たらくじゃ同じ貴族出身である仲間の俺まで評価が下がるかもしれないじゃないか」


 恋心を自覚していないグレアだが、それでもヴィーレを取られたくないと無意識に思ったのだろう。アッシュの言葉に反論する様に声を荒らげ、そんなグレアの反応にアッシュもわずかに驚いた様子を見せたが、すぐにいやらしいいじめっ子のような笑みを薄く張り付けながらグレアのことを見下すように答えた。


「まあ、お前のところじゃ仕方ないかもしれないな。最新の設備もないし、使える素材だって限られるんだから。でもうちなら違う。最新鋭の設備に他では揃わない素材。いくらでも使うことができるんだ。俺に直せない義肢なんてないと言い切ってもいいほどだ」

「でもっ……」


 アッシュの言葉に何か否定の言葉を吐き出そうとしていたグレアだったが、アッシュはそんなグレアの言葉なんて価値はないと無視して再びヴィーレへと向き直って話を続けた。


「それで、ヴィーレさん。義肢が壊れているというのならうちで視よう。本来なら予約が必要だが、これも何かの縁だ。大会が終わったらと言わず、今日からでも視ようじゃないか」


 グレアの不出来さを指摘し、自身の有能さを自慢――もといアピールすることができたのだ。現在ヴィーレが困っているであろう義肢の修復に関しても解決の道筋を示してやったのだから、これならば流石のヴィーレであっても頷くだろう。


 そう考えていたアッシュだったし、普通ならばその通りなのかもしれない。だが、ここにいるのは〝普通〟ではなにヴィーレなのだ。


「ご提案はありがたく思いますが、申し訳ありません。お断りさせていただきます」

「……は? ……それは、俺じゃなくてグレアを」

「一度交わした約束を違えるつもりはありません。それに、信頼できる相手以外に修理の依頼をするつもりはありませんので」

「ヴィーレ……」


 断られるはずがないと思っていた提案を断られて呆然とするアッシュと、信頼できる相手と認められていたことを嬉しく思って顔を上げたグレア。そしてこれからのことを思って嫌そうに顔を歪めているマーガレット。


 普段通り無表情を浮かべているヴィーレなだけに、場の混沌さが際立っているように感じられる。


「……そうか。まあそういうことなら仕方ない。客に無理を言って直させるのわけにはいかないからな」


 一瞬、断られたことで憤りの表情を浮かべたアッシュだったが、流石にこの場所で暴れるのはマズいと判断することができる程度の理性は残っていたようだ。不愉快気に眉を顰めてはいるものの、それ以上ヴィーレのことを誘うのは止めた。


「今日のところは俺はこれで失礼させてもらうよ」


 不愉快そうな雰囲気を出したままアッシュは三人に背を向けて義肢職人ギルドを去っていった。それによってグレアは気が抜けたことで大きく息を吐き出し、マーガレットも今後を思って溜息を吐き出した。


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