第15話あなた(の悩み)に興味がある
「あれは……」
そうして人々の生活を観察しながらあてもなく街を歩いていると、ヴィーレの足は彼女自身も意識しないうちに工房の集まっている区画まで進んでおり、そこで本日は会う予定のなかった人物の姿を発見した。
「おはようございます、グレア」
「うおわあっ!?」
見かけた以上は挨拶をしておくべきだろうと判断したヴィーレは、なぜか普段よりも足取りが遅く、落ち着かない雰囲気を醸し出しているグレアの背中に声をかけたのだが、突然声を掛けられたことでグレアは情けない声を出しながら飛び跳ねた。
「あ、ヴィ、ヴィーレか……って、なんでここに?」
グレアが驚いて振り返ると、そこには自身の知っている人物がいたことで目を丸くし、どういう訳かすぐにどこか安堵した表情を浮かべた。
「街を観察していたら、偶然見かけたので挨拶をしておこうかと。ですが、声をかけない方がよろしかったようですね」
「え、いや! そんなことないよ! さっきのは、いきなり声をかけられてちょっとびっくりしただけだから、その……ヴィーレに会えたこと自体は嬉しいよ!」
実際、驚きこそすれど嬉しくないわけではないのだ。
ただ、本人は自覚していないのかもしれないが、その想いを言葉にする際に一瞬言葉に詰まり、わずかにヴィーレから視線を逸らしてしまったことは意気地がないと言わざるを得ないかもしれない。
「って、ぼ、僕は何言ってるんだろうね。あっと、あんまり深い意味はないから、その、気にしないでくれると嬉しいかな」
グレアは先ほどの自身の言葉に他意はないと示すため焦った様子で言葉を紡ぎ、何度も手を振ってみせた。
通常であれば、それだけ分かりやすい態度をとっていればグレアの気持ちに察することが出来るだろう。
これまで接してきてそんな行動しかできないグレアのことをヘタレとでも思うかもしれないが、その好意自体は伝わることだろう。
だが、それはヴィーレ相手にはマズい行動だと言えた。
「わかりました。それでは失礼いたします」
その魂には本物の人間のものをそのまま使っているものの、今ここで生きているヴィーレは人形として生まれ、育ってきたために言葉の裏の感情や真意を読み取ることができない。
その為、グレアの言葉を額面通りに受け取ったヴィーレは、本当に何でもないことだとして気にしないで話を終えることにした。
「え? あ、ちょっ——!」
「何か?」
「あ……いや、何かってわけじゃないんだけど……ごめん。なんでもない」
元々挨拶をするだけのつもりだったヴィーレがその場を離れようとすると、まさか本当に気にしないとは思わなかったグレアは焦った様子でヴィーレを止めた。
だが、止めてから何を言うのかというと、何もない。
言いたいことはいくらでもある。今の自身の言動に対する反応についてだけではなく、ここで会ったのも何かの縁だからと自身の行動に誘いたかったし、なんだったらこの後喫茶店にでもよらないか、と誘いもしたかった。
けれど、それを実際に言葉にするほどグレアに勇気はなかった。
故にグレアは眉尻を下げて情けない表情を浮かべてこの場を去ろうとしたヴィーレを見送ることにしたのだった。
「……グレア。あなたは今、何か悩んでいますね。差し支えなければ、その悩みをお聞かせいただけませんか?」
だが、流石にそこまであからさまに〝困っています〟という態度を見せられれば、ヴィーレにも分かる。むしろ、言葉の裏の感情なんかよりも、相手の態度や振る舞いから相手の異変、異常を判断する方が得意なのだから、今のグレアの態度はヴィーレにとっては異変以外の何物でもなかった。
「え……僕の悩みって言っても……ど、どうして?」
グレア自身ヴィーレに対する恋心を自覚はしていなくとも、特別な感情があること自体は理解している。いや、理解している、というよりも、そんな気がする、程度のあやふやなものではあるが、それでも認識自体はしているのだ。
そんなヴィーレに対する想いを口に出すことができないのが今のグレアの悩みではあるし、誰かに相談できるのなら相談してみたいとも思っている。
だが、だからといって当の本人であるヴィーレにその悩みを打ち明けるわけにもいかない。
その為グレアは何も言うことができずにもごもごと口籠って黙ってしまい、逆に相手のことを拒絶しているかにも思えるような問いを口にしてしまった。
だが、ヴィーレはそんなグレアを見て更に言葉を重ね、グレアの内に踏み込んでいった。
「少し、あなた(の感じている悩みというもの)に興味があるので」
普段は他人と一線を引いているヴィーレだが、今回普段よりも少し他人の内面内側に踏み込んだのは、〝人間が感じる悩み〟というものについて理解したかったから。それを理解することができれば、自分はより人間に近づくことができ、〝幸せになる〟という父親からの命令を全うすることができるのではないかと考えたから。
もっとも、その相手がグレアだったから、というのもあるだろう。もしこれが他人であれば……例えば普段買い物をしている市場の知り合いたちであればこんな踏み込んでいくことはなかっただろう。
グレアがそうであったように、ヴィーレとしてもグレアに特別な感情があることは間違いなかった。もっとも、その〝特別な感情〟が恋心であるとは限らないが。
「えっ!? そ、それって……」
しかし先ほどのヴィーレの言葉だけを聞くならば、自分に好意を持っていると勘違いしても仕方ない類いのものだったと言えるだろう。
実際、ヴィーレの内心を知らないグレアはドキリと心臓をはねさせて落ち着かない様子で視線を彷徨わせ始めた。
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