第14話ヴィーレの休日
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「朝……グレアのところに……」
ヴィーレの腕がひとまずの完成をした日の翌日。ヴィーレは昨日までと同じように朝起きて支度をしようとベッドから出ようとし、そこではたと気づいた。
「休み、でしたね……」
グレアの工房での仕事はこれまでと同じように継続していくこととなったが、本日はグレアの都合により工房は休みとなっている。その為ヴィーレも出勤する必要がなく、普段のように準備をする必要もなかった。
しかし、それはそれで困ったことがある。
(休みとは、何をするものなのでしょうか)
ヴィーレとて休日というものの意義については理解している。仕事によって疲労を感じた体を休め、自身にとって好ましい行動をとることで精神的にも癒すための日であるのだと。
しかし、疲労を感じることはなく、そもそも心の在処さえ怪しい人形の体を持っているヴィーレとしては、仕事を休む意義を見出せず、休みの日に何をすれば良いのかも理解できなかった。
普段の休日は問題なかった。週に一度の休日には、それまでに使用した生活用品や食品などを買い、部屋の掃除をし、自身のメンテナンスをすればそれで一日が終わっていたから。
やる内容は違っていても、いつも通り同じ作業を繰り返すだけ、翌日からも問題なく動けるようにしておくための準備の日。
ともすれば、そんな休日は彼女にとっては普段の仕事と同じようなものだったのかもしれない。
だが、それはあくまでも週に一度で事足りるものだ。週に何度もやる必要はなく、やったところで無駄になる。
その為、ヴィーレは突然訪れた不意の休日というものに何をすればいいのかわからなかった。
(とりあえずは、着替えて食事をとり、外に出るべきでしょうか。人々を観察すれば、『普通の人』や『幸せ』について理解することができるかもしれません)
そう判断し、ヴィーレは人生で初めてやることのない休日を過ごすこととなったのだが、ある意味今日が彼女にとって初めての〝休日〟となるのかもしれない。
「おや、ヴィーレちゃん。今日は随分と早い時間に来るんだねえ。何か買っていくかい?」
「おはようございます。本日は仕事が休みとなっておりますので、少々街を見て回っているところです。ですので、買い物はまた今度とさせていただきます」
「そうかい。そりゃ残念だ。けど、仕事が休みたあよかったじゃないか。ヴィーレちゃんいっつも仕事してばっかりだったから、ちょっと心配だったんだよ」
ヴィーレが借りている部屋を出て街に繰り出すと、普段買い物をしている店の店主が話しかけてきたが、その後も知り合いたちがヴィーレのことを見るなり声をかけてくる。
「おはよう、ヴィーレちゃん」
「気いつけるんだぞ」
「なんかあったらすぐに声かけてくれな」
街を歩いているだけでそんな声がかけられ、ヴィーレはその一つ一つに軽く頭を下げつつ感謝の言葉を示し、挨拶をしていく。
ヴィーレは基本的に無表情ではあるが、無反応というわけではない。微笑み一つ浮かべることはないが話しかければ答えるし、何より見た目がいい。
そんなヴィーレのことを、その礼儀正しい振る舞いからどこかの訳ありのご令嬢だと住民たちは考えているため、無茶を言うこともない。
表情が変わらなかったとしてもそれによって悪感情を抱くことはなく、むしろその丁寧でありながらもどこか機械的な感じさえする対応のせいで儚さすら感じられ、その見た目も相まって住民達の中では天使なのではないかと話す者もいる程だ。
しかし、美しさだけなら近寄りがたいが、実際に話してみれば常識しらずでどこか天然さが感じられたヴィーレのことを、地域の者達は心配しているほどだった。
だからこそ、ヴィーレが街を歩いているだけで皆が声をかけてくるのだ。
もっとも、そんなヴィーレのことを好意的に見る者だけではない。いや、好意的は好意的なのだろう。その好意を示す形が犯罪であるというだけで。
「へっ……。なあ、あんた。ちっと俺達についてきてくれよ」
「断ったらどうなるか分かんだろ?」
「ああ、叫ぶんじゃねぞ。叫ばれるとこっちもマズいんでな。逃げるために刺しちまうかもしんねえ。あんただって死にたくはねえだろ?」
ヴィーレが横道に逸れた直後、どこから湧いたのか数人の男がヴィーレのことを挟むように道をふさいだ。
人攫い、あるいは性犯罪者と呼ばれる類いの人間だ。この手の人間はヴィーレの見た目に惹かれてやってくることも珍しくはない。
しかし、ヴィーレにとってはその程度の賊は物の数に入らない。敵に襲われたという認識すらなく、ただ部屋の中に入り込んだ虫を邪魔だから殺すのと何ら変わらない。
ただ、虫と違って人間は殺してはマズいことになる。だから殺さない。その程度の認識だ。
だから……
「ば、化け、もの……」
こうなる。
ヴィーレのことを捕まえようとした、あるいはその場で襲おうとした男たちは、ヴィーレに触れる事さえできずに叩きのめされ、地面に転がることとなった。
いくら相手が複数であるとはいえ、聖女として屍獣の群れと戦っていた記憶と経験が宿っているヴィーレにとっては、この者達を処理するなど容易い事だった。
「すみません。申し訳ありませんが、警邏の方をお呼びしていただいてもよろしいでしょうか?」
「ん? あ~……ヴィーレちゃんまたか。だから路地に入っちゃならねえって言ってるじゃねえかい」
「申し訳ありません。しかしながら、家までついてこられるよりはマシだと判断しましたので」
「まあ、ここらなら叫べば誰かしらはいくだろうしな。っと、その馬鹿共は俺達の方で警察に突き出しとくから、ヴィーレちゃんは行っちまってかまわねえぞ」
「ありがとうございます。それではお願いします」
「おう。せっかくの休日なんだろ? 楽しんできな」
そうしてヴィーレは襲ってきた賊の後処理を近くにいた住民に任せ、自身は更に街を歩いていくのだった。
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