第13話ヴィーレの正式雇用
「そんなわけで、これで君の腕に関する修理は一段落だ。もちろん君がここに来てくれる限り僕だってできる限り元の状態に戻せるように最善を尽くしていくけど」
「はい。その際はよろしくお願いいたします」
「うん。ただ、やっぱり時間はかかると思うから、そこはごめん」
ひとまず直すことは出来たが、それでもヴィーレのの腕本来の性能には遠く及ばない。それだけミムスの職人としての腕が優れていたことにはなるのだが、自分が壊してしまったという負い目があるグレアとしては完全に直すことができないことに申し訳なさを感じてしまう。
その為、もう何度も謝ったことではあるが、グレアは改めてヴィーレへと謝罪の言葉を口にした。
と、そこでふと気づいたことがあり、グレアは少し悩んだ様子を見せてからヴィーレへと問いかけることにした。
「というか、今更なんだけどさ。なんだってこの腕が壊れたの? いや、僕が悪いってことは分かってるんだけど、この腕の性能からするとあの程度の衝撃じゃ歪み一つでないと思うんだけど……」
グレアが原因でヴィーレの腕が壊れたことは事実だ。だが、そもそもミムスの製作した腕は多少の事故程度では傷一つつかない最高品質のものだ。にもかかわらず、こんな基礎が曲がってしまった上にその他のパーツにも歪みが出るだなんて、グレアにはそれが疑問だった。
「確かにその腕はそれなりの性能をしていますが、日常生活に必要なものかと言ったらそうではありません」
しかし、そんなグレアの疑問はヴィーレにとっては分かりきっていることのようで、なんでもないかのように答え始めた。
「それなりどころじゃなく高性能だけど、まあ、そうだね」
「ですので、グレアも見ていたでしょうが普段はある程度機能を制限して使用しています。とはいえ、その制限は通常であれば即座に切り替えることが可能なものではありましたが、あの時は近くに子どもがいましたので、そちらへの対処も共に考えていた結果、制限の解除をすることが間に合いませんでした」
ミムスの作ったヴィーレの腕は、彼の最高傑作だ。だが、普通の傭兵や騎士たちが使うような武器や兵器としての使用を目的とした作品ではない。ヴィーレを再び一人の人間として生き返らせることを目的とした〝人の体〟なのだ。
その為、ヴィーレの体の最高出力は他の義肢にも人間にも勝るが、それは力を出そうと考えて状態を切り替えたからこそ出せる力であり、日常生活においては普通の義肢よりも丈夫程度でしかなかった。
だからこそ、切り替えがうまくいかなければ当然ながら破損もしてしまう。
もっとも、人間の反応速度では不可能な切り替えも、ヴィーレであれば問題ないはずだった。だがあの時は自身に降ってくる荷物への対処のほかに考えることができてしまい、その反応が遅れてしまったが。
「そうだったんだ……ごめん」
「あなたからの謝罪は既に受け取りました。事故はどれほど気を付けていても起こるものですので、グレアがこれ以上謝罪をする必要はありません」
「うん……」
ヴィーレとしては本当に気にしていないのだが、だがグレアまで気にしないでいるというわけにはいかない。これで本当に言葉通り気にしない者がいるのなら、その者は人間としてどこか欠陥があるだろう。
「……それよりも、義手の事ですが、時間はかかっても構いませんので最善を尽くしてください」
「うん。分かってる。命を懸けてでも僕にできる最高の作品を作り上げるよ」
そんなグレアを見かねてか、それとも純粋に言いたかったからかは分からないが、ヴィーレは若干気落ちしていたグレアに声をかけた。
グレアも声をかけられたことで意識を切り替え、ヴィーレのことを見つめ返しながらその言葉に力強く頷きを返した。
――と、一連の話に一区切りついたところで、それまで後悔や罪悪感などで張りつめていた意識が一気に弛緩した。
それによってグレアは目の前で見つめ合っていたヴィーレの姿に意識が向いてしまい、途端にどこか落ち着きのないそわそわとした態度を見せ始めた。
そして、「あー」や「うー」といったうめき声を漏らしながら視線をきょろきょろと彷徨わせていると、遂に何か覚悟を決めたようで、グレアは再びヴィーレのことを真っすぐ見つめ――ることができずかすかに視線を逸らしながら口を開いた。
「それで……改めて、ありがとう、ヴィーレ。君がいたからここまでのものを作ることができたよ。だから、その……お、お礼に、食事でもどうかな?」
言ってしまえばそれはデートの誘いだ。
デート、とグレアが認識しているかどうかは今はまだ不明だが、言葉の内容を端的に示すのならそうなる。
「いえ、結構です。私としても、体を直してもらわなければ困るので協力したまでですので。それに加え、本日の食事はすでに材料を買ってあります」
だがヴィーレには人の恋愛の機微など知るはずもない。グレアがどのような感情からそんな誘いをしたのかなど考えず、
「あ……そう、だよね」
ヴィーレとしては言葉以上の意味などないのだが、グレアにとっては一世一代と言ってもいい言葉だったために、断られてしまったことで気落ちした様子を見せた。
「ところで、完成ということは、これ以上は私の手伝いは必要ないということで合っていますか?」
ふと気づいたように首を傾げたヴィーレだったが、そんなことは認められないとばかりにグレアはバッと顔を上げて叫んだ。
「い、いや、そんなことはないよ! いてくれればそれだけで助かるって!」
「しかしながら、私は技師としての専門知識はありません。お父様のそばにいて身についた基礎のみです」
ヴィーレの中には知識はあれど、その分野を専門とする技師ではない。特別教えておく必要のある技術知識に関しては既にグレアに教えたのだし、であれば自分はもう不要なのではないかとヴィーレは考えたのだ。
「ううん。その基礎が僕にとっては千金の価値があるんだよ。ミムスさんにとっては普通にしていたことが、僕たちにとっては普通じゃない可能性は十分にあるからね」
もっとも、グレアの場合はヴィーレがミムスの娘ではなく、知識を継いでいなかったとしても引き留めただろうが、それを知るのは本人ばかり。いや、ともすれば本人さえも気づいていないのかもしれない。
「では、明日からもこちらに伺ったほうがよろしいのでしょうか?」
「うん! ……あ。いや、明日は休みにしても構わないかな?」
またこれからもヴィーレがこの工房にやってくると聞いてグレアは一もなく二もなく頷いたが、直後に翌日は用事があって休みにするつもりでいたことを思い出した。
折角やる気になってくれたのに、たとえ単なる休みだとは言えここで「来なくてもいい」と言ったら先ほどの考えを翻されてしまうのではないかと不安に感じたグレアだったが、当然ながらヴィーレにそのような考えは存在していない。
「休み、ですか……?」
「うん。そういえば思ったんだけど、今までろくに休みもなかったし……いや、本当に今更なんだけど、ごめん」
一応今までも休み自体は週に一度存在していた。だがそれだけだ。週に一度の休みがある以外には休みはなく、ほとんど働き通しと言ってもいいような状態だった。
グレアとしてはそれでも十分休めたし、そもそも技師としての仕事も趣味が高じたものであるため、ある意味では仕事も休みも変わらなかったので気にならなかった。
だがヴィーレはそうではない。グレアのせいで腕をダメにしてしまい、父親が高名な技師であるからと助言をしてもらっているわけで、つまりはヴィーレにとっては今の仕事は自身が望んで就いた仕事ではないということだ。
もちろんグレアとて給金は支払っていたが、それでももう少し休みを与えるなどして待遇に気を付けるべきだったと今更ながらに気が付いたのだった。
「今まで文句も言わずに僕に付き合ってくれたお礼ってわけじゃないけど、丁度いいって言うとついでみたいで悪いんだけど……それでもゆっくり休んでほしいんだ」
「分かりました。私は問題ありません」
「じゃあ、明日は休みで、明後日からまたお願いできるかな? もちろんこれからだって給金は出すからさ」
「ではそのようにしましょう」
そうしてヴィーレが頷いたことでグレアはほっと安堵の息を吐き出した。
「よかった……」
「何がでしょうか」
「う、ううん。なんでもないよ。……それよりも、今日はお疲れ様。少し早いけど、今日はもう終わりでいいよ」
「承知しました。本日もお疲れ様でした」
これにてこれまでの生活に一区切りつくこととなり、次にヴィーレが工房に来る時からは二人にとってはある意味新たな生活が始まるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます