第12話ヴィーレに名前を刻む

 

 ——◆◇◆◇——


「──これで必要な部品は揃いましたか?」

「うん。後は昨日作ったやつを基にして調整をしてみれば、一応の完成だね」

「おめでとうございます」


 工房に戻ったヴィーレは他に足りないものはないかグレアに問いかけたが、グレアは問いかけに対して笑顔を浮かべながら首を横に振った。


「ありがとう。でもまだまだだよ。今回のだって元の性能の劣化の劣化の劣化ぐらいの出来だし。もしかしたらもっと低いかもしれない程度のものだよ」


 グレアはどこか困った様子で眉尻をさげてそう言ったが、それでも世間では普通に出回っている機巧義手よりは性能が良い。元々それなりの才能と腕があったところに世界で最も先を進んでいる技術を基に勉強したのだ。成長しないわけがない。

 既にグレアの腕は、義肢として何十年と活躍しているベテランたちと並ぶ、あるいはそれ以上になっていると言えるだろう。同年代であれば比べるまでもない。


 まだ自分が不出来だと感じるのであれば、それはただグレアが比べる相手が悪すぎただけの事だった。

 世界一の『至高』とさえ称えられるほどの技師。その男が執念で作った、ミムスの人生全てが詰まっているとさえいえる作品がヴィーレなのだから、そう簡単に追いつけるはずがない。


 だが、それについてヴィーレは気がついているものの、言及したりはしない。する意味がないから。

 彼女の目的は、自身の身体の故障を直すことのできる人物を準備することであって、それ以外には特に興味がなかった。だからグレアが他者に劣等感を持っていようと、世間の実力とのズレを認識していなかろうと、グレアが成長するのであればどうでもよかった。


「あとはこれをどこまで磨くことができるかだけど……完成には違いないね」


 基本的な原型は完成した。後はこの腕を確認していき、更に効率のいい状態へと作り直していく作業が残っているが、それをせずともすでに実際に使用することができる程度の状態にはなっている。むしろ他所の工房で作っている品よりも大分良い仕上がりとなっているだろう。


 だからこそ、まだまだ上を目指すのを止めるつもりはないが、それでも一旦の完成ということでグレアは安堵から大きく息を吐き出した。


 と、そこでふと何かを思い出したようにグレアはハッと顔を上げ、申し訳なさそうな様子でヴィーレの顔を見た。


「……ああそうだ。それから、悪いんだけど君の腕に僕の名前を刻印させてもらったよ」

「刻印ですか?」

「うん。義肢は便利だけど、使い方次第では危険な武器になるから製作者の名前を刻むことが義務付けられているんだ。でも、君の腕には何の名前もなかった。恐らくミムスさんは売り物としてではなく、君の体として与えたかったから名前を刻まなかったんだろうね」


 グレアはそう言ったが、確かにそういった面もあるだろう。だが事実は、娘の体に余計な傷をつけたくなかったからだった。もっとも、その事実を知る者はもういないので誰も本当の理由を理解することは出来ないだろうが。


「けど、これからも整備をすることがあるだろうし、名前を刻まないわけにはいかなかったんだ。僕は気にしないけど、もし何かの理由で僕以外の人が君の腕を見たら、最悪の場合捕まることになるから。ううん。それだけならまだいいけど、違法の品として廃棄される可能性だってある。だから、一応ミムスさんの代わりに僕の名前を刻んでおいたんだ」


「ごめん、言うのが後になって。本当は先に言おうと思ったんだけど、全部のパーツを確認してから言おうと思ってたら忘れちゃって……で、でもそのパーツはいつでも付け替えることができるやつだから、気に入らなかったら専属の職人が見つかった時に付け替えてもらえば大丈夫だから!」


 義肢には製作者の名前が必要ではあり、通常は製作者がずっとメンテナンスをし続けるため、そしてそれと同時に自身の名前を誇示する様に分かりやすい場所に刻印を施す。なんだったら製作者が有名な工房、及び人物であれば、それらを自慢するために外から見えるところに刻印を施す使用者もいるくらいだ。


 だが、そういった分かりやすい場所というのは、義肢にとって基礎となる替えの利かない部分であることが多い。グレアは自分が作ったわけではないという事はしっかりと理解していたため、誇示するでもなくひっそりと替えの利くパーツの端に名前を刻んでいたのだった。


 グレアはミムスという機巧義肢職人の頂点といってもいい相手の作品に、必要だったとはいえ自分の名前を刻むことに罪悪感を覚えていた。それと同時に、まるで自分がこれほどの作品を作ることができたようで、そして自分がミムスという天才に並んだようで高揚感もあった。


 だが、そんな高揚感を感じたことで余計に罪悪感を感じ、それらの感情を誤魔化すためにグレアは若干早口になりながらもヴィーレに言い訳のような説明をしたのだった。


「いえ、問題ありません。むしろ、問題となる前に対策を取っていただきありがとうございました」

「いや……うん。僕なんかがその腕に名前を刻むのは、ミムスさんに対する侮辱になる気もするけど、全然そんなつもりはないから」

「理解しています。配慮していただきありがとうございます」


 尚も言い訳がましく言葉を重ねたグレアだったが、ヴィーレはそんなことは気にしておらず、ただ淡々といつものように頭を下げてお礼を口にした。


 そんな純粋な感謝を見せたヴィーレの態度にグレアは少しだけ恥を感じ、頬を赤くするとヴィーレから僅かに視線を逸らした。


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