第35話無能な職員

 

「マーガレット。なんで……」


 今までそんな破損なんて起こったことはないはずだ。それは今回の大会に限った話ではなく、これまでギルドが関わってきた大会すべてのことだ。

 ギルドも、破損なんて起こればその運営体制が疑われ、ギルドの名前に傷がつくことになる。


 関係ないと言えば関係ないのだが、黙認している以上は全くの無関係だと言い切るのは難しく、職員の勝手にやったことだと切り捨てればそれはそれで職人や職員たちから反感を買う。


 どちらにしても職人たちからの信頼を失い、場合によっては離反する者も出てくるかもしれないのだから気を使うに決まっている。

 だからこそ今まで預かった作品の破損なんてことは怒らなかったのだが、今回はそれが起こってしまった。


 今まで破損事故なんて起きたことはないのに、なんで今回に限ってそんなことが起きてしまったんだ。信じて預けたのに何でっ……。


 と、そう思ったグレアだったが、そんなことで文句を言っても状況はどうにもならない。


 それに、どうしてこうなったのか、という疑問に監視れは、思い当たる節がある。

 ここに来る前に分かれたアッシュの意味深な言葉。アレがこの状況の全てだろう。


 だが、今はその辺のことを詳しく考えているよりも、もっと大事なことがあるんだとグレアは首を振って意識を切り替えた。


「いや、それよりも破損した腕ってそれですか?」

「……ああ、こちらだ。確認してほしい」


 落ち込んでもおかしくない状況でも、グレアはすぐに問いかけてきたことで、職員の男性は少し驚いた様子を見せてからグレアの言葉に答えるように破損したらしいグレアの作品を見せた。


「――ああ……本当に壊れてる。……なんでこんなことに」

「ごめん。本当にごめんね」


 部屋の隅に置かれていたテーブルの上には、確かにグレアの作品である義手が置かれていたが、その義手の指が二本、はっきりとわかる程折れていたのだ。


「小指と薬指の損傷ですが、特に小指がひどいですね。取れているのもそうですが、骨格が歪んでしまっています」

「こんなの、ただの破損じゃない。誰かが意図的にやったに決まってる!」


 グレアの隣に立っていたヴィーレが観察した結果を口にしたが、その表情は彼女にしては珍しく不快気なものに変わっていた。


 ヴィ―レも、グレアの言ったように事故ではなく故意に誰かが壊したのだと考えたからだ。


 機巧義肢の技術を使用して作られた体を持ち、義肢職人であった父親を持つヴィーレとしては、職人の作品を意図的に悪意を持って壊すような存在を赦すことは出来なかった。


 だが、だからといってヴィーレにはどうすることもできなかった。

 そもそもヴィーレ達がそうだと感じただけで、確たる証拠があるわけでもないのだ。その悪意を証明する手立てもなく、仮に証明できたとしても、こんなことをするなんてギルドの職員の協力がなければならず、そんな協力をしてもらえるほどの人物となれば、かなり高位の人物となる。グレアやヴィーレのような何の後ろ盾もない状態では逆立ちしたところで敵わない相手だろう。


 あるいは証拠を見つけ出して立証することができれば相手に傷をつけることは出来るかもしれないが、そうなれば相手は今度こそ手段を択ばずにグレアたち本人、もしくは親しい人物たちを狙うかもしれない。そんなことになるよりは、下手に騒がずに〝事故なんてなかった〟ということにした方がよいのかもしれない。


 もしかしたら、これまでもギルド内での破損事故はあったのかもしれない。逆らうよりも泣き寝入りしたほうが被害が少ないと判断した結果誰も表沙汰にしなかっただけで。


「こちらの不備があったのは認めよう。だが、それはあくまでも事故によるものだ。言いがかりは止めてもらいたい」


 そんな裏事情を理解しているのだろう。グレアに謝罪をした男性職員は、もう終わったことだとばかりにグレアのことを冷めた目で見降ろしながら、ほんのりと口元に笑みを浮かべながらそう言ってのけた。


 その男性職員の態度から察するに、おそらくは今回の〝事故〟に協力したギルドの人間というのは、この男性職員なのだろう。確かに、この男性のついている資材管理課主任という役職があれば、預かっている作品への細工など簡単にできてしまうだろう。


「でもこんなのおかしいだろ! これはどう見たって人の手によるものだ! 誰かが悪意を持って壊さないとこうはならない!」


 だがそれでもこの大会に人生をかけていたと言っても過言ではないグレアは、どうしても今回の事故を無かったことになんてできず、管理責任者である男性職員に向かって怒鳴った。


「しかし、保管場所は職員しか知らず、その保管場所の先で金庫の中に入れているが、その番号を知っているのは保管した職員だけだ。誰かが壊したのだというのなら、それができるとしたら保管場所と鍵の番号を知っていたマーガレットだけだが……」


 今は興奮しているだけだろうが、万が一グレアが引かなかった場合のために男性職員はその責任の矛先をマーガレットへと向けた。

 だが、そんな男性職員の言葉によってグレアは怒りを増すこととなった。


「マーガレットがやるわけない!」

「ならば事故で破損してしまったことになるな」

「いや、でも――!」


 なにがなんでもなかったことにしようとしている男性職員に対し、グレアは更に糾弾しようと言葉を重ねようとしたが、そんなグレアを止めるべくヴィーレグレアの肩を掴んだ。


「グレア。苛立ちは理解できますし、焦りも理解できます。ですが、ここからは平行線です。いくらあなたが騒ぎ立てたところで、これならばどこかにぶつけたのだと言われればそれまでの事でしょう。ぶつけやすく、壊れやすい部位ですから」

「それは、そうかもしれないけど……」

「そもそも、この無能な者に怒りをぶつけたところで意味はありません。この者は始めからまともに取り合うつもりはないようですので」

「む、むのう……?」


 それなりに歳を重ねているが、それでもまだ若いと言ってもいい年齢である男性職員。彼は今の自分の年齢で管理職を任されている事で、自分は優秀なのだ、と自尊心が高くなっていた。

 にもかかわらずヴィーレに〝無能〟と称されたことで、その自尊心に傷がつき、とっさに上手く反応することができなかった。


 だが、ヴィ―レからしてみれば普段の仕事ぶりや能力など関係ない。事実として現在管理に失敗しており、その上謝罪をしただけで碌な対処すらすることができずになかったことにしようとしているなど、無能というほかなかった。


「今回の大会が大事なものであることは十分に理解している様子。であるにもかかわらず、作品の管理という、ただそれだけでありながら最も大事な仕事をこなすこともできない者など、無能ではありませんか? 加えて、責任を取ることもせず、解決のための案を出すこともできない者など、むしろ無能以下の害悪でしかありません。違いますか?」


 そう言われてしまえば、事実であるだけに男性職員としても反論することができないのか、ヴィーレの言葉に頬を引きつらせながらもどうにか答えようと口を開いた。


「……し、しかし、直接の管理は私ではありませんので……」


 そう言って逃げ、マーガレットに責任を押し付けようとするが、そんなことを赦すヴィーレではなかった。


「主任、という職務は、自身の仕事に関わる下の者が失敗をした際に責任を取る立場の者のことを言います。その為、自身の管轄下で失敗が起こらないよう、あるいは起きたとしても補填をできるようにすべきです。その職務を果たすことができていないのであれば、無能と言って差し支えないのではありませんか?」

「このっ……! 大体お前は何者なのだ! 我々が呼んだのはグレア・アルカードだけのはずだぞ!」


 ヴィーレの言葉に反論することができなくなったからか、分の悪い状況をどうにかしようと考えたのか、男性職員は大げさともいえる程に声を荒らげて邪魔者であるヴィーレを排除しようとした。そうすることしかできなかった。


「申し遅れました。私はグレアの許で雇われております、ヴィーレと申します」

「彼女も協力して今回の作品を作ったんです。だから、彼女にも話を聞く権利があるのではありませんか?」

「ぐっ……」


 グレアに雇われて今回の大会に参加したとなれば、確かに関係者と言える。加えて、大会参加者は一人まで同行者を招待することができるが、参加者が招待した同行者は基本的に参加者本人と共に行動しなくてはならない。その為、ヴィーレはグレアと共に行動しなければならず、この場を離れてはいけない状況だった。


 そのことを理解した男性職員は言葉に詰まり、一歩後ろに下がったが、だがそんな情けない姿を見たところで状況が改善するわけでもない。


 どうやらこの男性職員は動くつもりはないようなのだし、自分達でどうにか状況を好転させなければ、と判断したヴィーレは、男性職員を一瞥することすらなく、まるでいないものとして扱うかのように視線を外し、壊れた義手へと視線を向け直した。

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