第32話会場に入るにあたって

 ――◆◇◆◇――


 翌日。とうとう大会当日となったことでグレアとヴィーレは大会の会場となる大きなホールへとやって来ていた。


「うあああぁぁぁ……緊張するなぁ」


 既に会場へとついていた二人だったが、未だにグレアは口元に手を当てて足先で何度も地面を叩き、落ち着かない様子を見せている。


「なぜですか?」


 特に緊張した様子もなく普段と全く変わらない様子のヴィーレは、そんなグレアの言動によって疑問を投げかけた。


「なぜって……そりゃあ今回の大会の結果で僕の今後が決まるかもしれないんだから、当然じゃないか」

「しかしながら、すでに作品を提出してしまった我々にはこれ以上何もできることはありません。であれば、事の成り行きを落ち着いて見定めるのが最も合理的ではないでしょうか?」

「いやまあ、それはその通りなんだけどさ……でもそう簡単にいかないんだよ」


 確かに既に作品を提出してしまった以上はグレアに何ができるわけでもなく、後はただ大会の審査が行われるのを眺め、結果がでるのを待っているしかないのだから、いまさら何を言ったところで意味なんてない。


 だがそれが正しいのだと分かっていたとしても、そう簡単には落ち着かないのも仕方ないだろう。


「それよりも、気を付けてください」

「えっ、気を付けるって、何に?」

「マーガレット様の助言により警戒していましたが、昨晩は何事もなく終わりました」


 昨日、グレアの知り合いである貴族のアッシュから不興を買ってしまったことで、襲われる可能性を示唆されたグレアとヴィーレ。


 ヴィーレは何か起こった時に対処できなければマズいと考えた結果、グレアの部屋にグレアとともに寝ることとなった。だが、結局今に至るまで何も起こらなかった。

 その為、何かあるのだとしたらこの後かもしれないとヴィーレは考えているのだ。


「昨晩……う、うん。そうだね。でも、元々何の確証もない話だったんだし、マーガレットの勘違いってことだったんじゃないかな?」

「それならそれでよいのですが、彼女の話には一定の理があると私は判断しました。ですので、何も起きていないという現状は些か警戒心を煽るものとなっています」


 ほんのわずかな遭遇ではあったが、昨日見たアッシュの振る舞いを考えると、自身の苛立ちを解消するために他人に手を出す、ということは十分に考えられることだと判断した。


 だが実際には何も起こらず、そのことが余計にヴィーレの警戒心を抱かせていた。


「そうかなぁ。確かにアッシュは嫌な奴だけど、流石に誰かに危害を加えることまではしないんじゃないかな? まあ僕も昨日はあるかもしれないな、なんて思ったけど、よくよく考えてみると今はこんな状況なんだし、もし何かやってそれがバレたらアッシュはこの大会から弾き出されることになるよ。そんな醜聞を認めるとは思えないし、やっぱり何もしないんじゃないかな?」

「そうであれば良いのですが、確信が得られたわけでもありませんので警戒しておくに越したことはないかと」

「まあ警戒して損がないっていうのはその通りだと思うよ。アッシュ以外にも大会に出場してる人もいるし、その参加者、あるいは知り合いに〝力〟を持っている人がいるかもしれないんだ。変なことして粗相でもしたら目を付けられるかもしれないからね。そういう意味では気を付けるに越したことはないか」


 グレアはアッシュよりも今の状況、周囲にいる者達に気を払うべきだとヴィーレに注意をし、その言葉になるほどと頷いたヴィーレは一つの行動に出ることにした。


「それでは――どうぞ」

「え……?」


 突然自身に向けて差し出された手を見て、グレアはどういう意味なのか、どう行動すればいいのかわからずに困惑した表情をヴィーレに返した。


「ど、どうぞって……何が?」

「はぐれないように手を繋ぐべきです」

「て、手を繋ぐって、僕はそんな子供じゃないよ!」


 グレアは苛立ちというよりも、手を繋ぐことに対する恥ずかしさからそれを誤魔化すように声を荒らげて拒絶の意思を示した。


 しかし、そんなグレアの言葉にたいして淡々と返していくヴィーレ。


「迷うことに大人も子供も関係ないのではありませんか? 確かに低年齢の内は思考能力に差があるため迷うという結果になる事が多くあるかもしれませんが、だからと言って大人ならば全員迷わないというわけでもありません。迷う可能性は少なからずあるのですから、その可能性を潰すために手をつないで歩くというのは合理的な判断だと考えますが」

「いや、それはそうかもしれないけど……でもやっぱり恥ずかしいって」


 ヴィーレの言っていることは間違いではない。間違いではないのだが、それでもグレアはヴィーレと手を繋ぐ事を恥ずかしいと思ってしまっている。

 大人としては真っ当な感性だろうし、そこにグレア自身はっきりと認めていないが恋愛感情も混ざってくるとなれば、余計に恥ずかしいと感じてしまうのも仕方のない事だろう。


「恥ずかしさを理由に手を繋ぐことをせず、結果として迷えばより後悔することになりかねません。今のグレアは極度に緊張しているようですので、普段は起こらないような不備が起こるかもしれないのですから、対策はとるべきではないでしょうか? はぐれてしまえば無用な問題を起こす可能性もありますが、二人そろっていればお互いに警戒をし、問題を起こす可能性を減らすことができます。また、何か問題が起きた際にも協力して事に当たることで早期の解決を促すことも……」

「わ、わかったよ! はい! これでいいんだろ!?」


 何かを言ったところで、自分ではヴィーレを言い負かすことなんてできないと判断したグレアは、これ以上手を繋ぐ理由を説明されて羞恥心を増していくより、いっそのこと言われたとおりに手を繋いでしまった方がいいと判断し、差し出された手を乱暴に掴み、ヴィーレと手を繋ぐこととした。


 元々グレアとしてもヴィーレと手を繋ぐことが嫌だというわけではないのだ。ただ恥ずかしいというだけで、むしろ手を繋ぎたいという気持ちさえあった。もっとも、グレア自身はそんな自身の心の内に生じた思いを認めはしないだろうが。


「それでは、本日はよろしくお願いします」

「ああ! こっちこそよろしく! ほら、行こう!」

「……グレア。緊張のほかに苛立ちを感じていませんか? 些か語気が荒くなっているように感じられるのですが」

「知らないよそんなの!」


 恥ずかしさやそのほかに生じた感情が入り混じった心を誤魔化すために声を荒らげたグレアは、ヴィーレの手を引きながら会場となるホールの中に入っていった。


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