第4話義肢の修理

 


 崩れた荷物は一緒にいた荷車を引いていた者達に任せ、グレアは一人でヴィーレを案内することにした。


「ここがそうです」


 辿り着いた建物は、屋敷とまではいかないが、それでもかなりの大きさのある建物だった。


「工房は散らかっていますが、気にしないでいただけるとありがたいです」

「あら、グレア。お帰りなさい。どなたか一緒なの?」


 廊下の奥から聞こえた声とともに出てきたのは、四〇〜五十歳と思われる女性。


「母さん。寝てなきゃダメじゃないか!」

「今日は体調がいいから大丈夫よ。それに少しくらい動かないとそっちの方が体に悪いわ」


 二人の話から察するに、二人は親子であり、母親の方は体が弱いようだった。


「それで、そちらのとってもきれいなお嬢さんはどなた? ──もしかして恋人かしら?」

「ち、ちちち違うよ! 彼女は、えっと……お、お客さんなんだ!」

「お客さん? 貴方の工房に?」

「う、うん」


 ヴィーレがグレアの工房に来たのは真実だったが、それでもヴィーレは客ではない。

 だが、その様な事を知らないグレアの母はグレアにニコリと笑いかける。


「そう。頑張りなさい」


 それだけ言うと、グレアの母親は出てきた部屋に下がっていった。


「……工房はこっちです。ついてきてください」


 スタスタとあるきだしたグレアの後を追って、ヴィーレも歩き出す。


 そうして着いた先は、なかなかに広い作りをした倉庫のような場所だった。この場所が工房なのだろう。


「ご、ごめんなさい」


 グレアは工房に着くと、くるりと振り返って勢い良くあたまをさげて謝罪した。


 だが、ヴィーレには彼の謝罪の意味がわからない。


「なにがでしょうか?」

「その、貴方のことを勝手に僕の工房のお客さんだなんて言って。……も、もちろんお金なんて取る気はないから!」


 普通は一度どこかの工房に仕事を頼むと、以降はその場所が専属としてつくことになり、他の場所では見てもらいづらくなる。いくら彼の母親が体が弱く、あまり外出しないと言っても、だからと言ってその話が外にもれないわけではない。そうなれば、ヴィーレにとって不都合が出てくるだろう。

 グレアの言葉はそれを心配してのものだった。


「構いません」

「え……?」


 だが、帰ってきたヴィーレの言葉で、グレアはつい間の抜けた声を漏らしてしまった。


「見ていただけるのであれば、どなたでも構いません。それよりも始めるのであればお早目に願いたいのですが」

「あっ! ご、ごめんなさい! すぐに始めます!」


 そう言ってグレアが準備に取り掛かると、ヴィーレは服を脱ぎ出した。とは言っても脱いだのは上着だけで、裸になったわけではない。機巧人形であるヴィーレに恥ずかしいと言う感情はないが、それでも会ったばかりの人物の前でそんなことをすれば普通ではないというのは、ヴィーレにも分かっていたから。


 そうして上着を脱ぎ、後は袖をまくることでグレアに腕を見せるヴィーレ。


「……すごい。……これ作った人は、天才だ……」


 しばらくヴィーレの腕をみていたグレアだが、無意識の内にそう|零(こぼ)していた。


 その言葉を聞いたヴィーレの顔は無表情のまま変わる事はなかったが、なぜだか雰囲気が柔らかくなったように感じられた。


 ――◆◇◆◇――


「……ごめん。僕にはこれ以上できない。……それと、多分、どこの工房でも……」


 ヴィーレの腕、というか身体はそれ程までに高度な技術で作られていた。

『至高』とまで呼ばれた男が娘にもう一度会いたいという一心で作ったその身体は、生半可な技師では構造の全てを理解することすらできないほどだった。


 結局グレアにできたのは、ぎこちないながらも動かすことができるようになるまでだった。

 それでも十分に凄いことではあるのだが、元々の性能と比べると誇ることが出来るはずもなかった。


「いえ、動くようになったのですから十分です。──それでは私はこれで」

「あの! その腕って誰が作ったもの何ですか!?」

「私のお父様です。名はミムスと言います」

「ミムス……? ……もしかして、ミムス・ラルカ?」


 グレアはその言葉に驚きを感じずにはいられず、目を丸くしながら問い返した。


「はい。その通りです」

「え? じゃ、じゃあお父様って事はミムス・ラルカの娘?」

「はい」

「……まさか……。あれ? でも待ってよ。ミムス・ラルカの娘って『聖女』だったはず……」


 聖女とは、死んで終わることの出来なくなったこの世界において、唯一死者を死者として終わらせることの出来る存在である。

 そしてミムスの娘であり、ヴィーレの元になった存在は『聖女』であったことは有名な話であった。


「……もしかして、聖女様?」


 もしそうであったのならなんてことを、と恐々としながら震える声で尋ねるグレアだが、ヴィーレは首を横に振って淡々と答えた。


「いいえ。聖女と呼ばれたのは私の姉です」


 ヴィーレに姉などいない。

 そして聖女と呼ばれたミムスの娘である『ヴィーレ』にも妹などいない。

 ヴィーレにつながりのある存在がいるとしたら、それは正確には姉ではなくオリジナルといった方が正しい。先に生まれたのを姉とするのであれば完全に間違っていると言うわけでもないのだが、それでもやはり姉妹というにはいささか歪すぎる関係だ。


 そんな〝ヴィーレ〟の事情はどう考えても普通ではなく、どうすれば自身とオリジナルの繋がりを残したまま怪しまれることのない関係となる事ができるかと考えた結果、姉妹ということにするのが合理的だとヴィーレは判断したのだった。


「質問が以上でしたら、私はこれで失礼させていただきます」

「ま、まって! 待ってください!」


 要件がないのであればこれ以上この場に留まっている意味はない。そう判断したヴィーレはこの場から帰ろうとしたのだが、道を塞ぐ様に立つグレアによって止められてしまった。


「不躾な願いだと分かっているけど、どうか聞いてください!」


 彼はどうして自分のことを止めたのだろうか。ヴィーレがそう考えていると、突然グレアは勢い良く頭を下げだした。


「お金は払います。だから、これから定期的にその腕を見せていただけないでしょうか!?」

「なぜですか?」


 突然の頼みであったが、ヴィーレは驚きを見せるどころか顔色一つ変えることなく淡々と問いかける。

 そんな冷徹ささえ感じられるヴィーレの態度に、グレアは怒らせてしまっただろうかと若干の怯えを感じ、視線をヴィーレから外して色々な方向へと向けてしまう。


「えっと、僕、実は来年の機巧技師のコンテストに出るんですけど、ちょっと今の僕じゃ不安があるので勉強のために、なんですけど……」


 しかし、それでは話が進まないどころか、せっかくの機会を逃してしまうことになる事は理解していた。その為、グレアは再びヴィーレへと視線を合わせると、一度だけ怯んだように息をのんでから自身の事情を話し始めた。


 その話しを聞き終えたヴィーレはグレアから視線をそらさないままわずかばかりの時間思考し、最終的に承諾することにした。


「分かりました。では明日よりこちらに参りましょう」

「え? ……え?」


 グレアとしては、一応頼んでみたもののほぼダメ元での頼みだった。当たり前と言えば当たり前の話だ。なにせヴィーレの腕を壊したのはグレアなのだから。

 腕が壊れてしまったのは仕方ない状況だったと理解を示したとしても、好意を持たれるわけがないことは分かりきっていた。


 加えて、グレアから見たヴィーレは自身に対して冷たい表情を向けていた人物である。そんな人物から承諾されるとは思っておらず、グレアは驚きに声を漏らし、困惑してしまった。


「どうかされましたか?」

「……えっと、だって本当にいいんですか?」


 ヴィーレに問いかけられたことでハッと気を取り直したグレアだが、困惑を消すことができず本当に協力してくれるのかとヴィーレに問い返してしまった。

 素直に話を進めて協力を取り付けておけばいいものを、そうしないのはグレアの性格故だろう。それを甘さととるか人の好さととるかは人によるだろうが。


「はい。私としましては、腕を完全に直すことのできるものがいた方が良いのです。ですがいないのでしょう? であれば貴方が直せるようになった方が得であると考えました」


 ヴィーレとしては本当は関わり合うつもりはなかった。腕はこの程度であれば自分で直すことができる。なにせヴィーレはミムスの知識を全て組み込まれているのだから。

 今まで一度も義肢を作ったことはないのだから技術の方はミムスに遠く及ばないだろうが、それでもそこらの職人よりははるかに高い能力を持っているだろう。


 だが、もし今後何かあった時に自身で直せなくなる状況というのもあるかもしれない。それでは困るのだ。少なくとも父と交わした『幸せになる』という約束を果たせるまでは壊れるわけにはいかなかった。


 だからこそ、ヴィーレはグレアに頼むことにした。技術はまだ拙くとも、自身から頼んでくる程向上心がある人物であれば、自身の目的に沿った成長をしてくれるだろうことを期待して。


「……えっと、じゃあ、明日からよろしくお願いします」

「はい。時間は今の本日と同じでよろしいですか?」

「あっ、はい」

「かしこまりました。では、本日はこれにて失礼いたします」


 こうして、本来ならば関わりを持つことのなかった二人は一つの事故によって繋がりを持ち、それぞれの未来を大きく変えていくこととなった。


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