第3話事故と出会い

 

「本日はこれで終わりですね」


 ヴィーレは自身の生まれた屋敷を出て、一人街に出てきていた。

 現在は針子仕事を終えて借りている部屋にもどるところだった。


『普通に生きる』『幸せになる』それが自信を生み出した父の残した最後の願い。それを叶えるために考えたヴィーレだが、彼女には幸せというものが分からなかった。


 故に、自身の情報の中にある『普通』の女性のように振る舞うことにした。そうすればいつかは父の願いが果たせるだろうと信じて。だからこそ屋敷を出て街へとやって来た。

 だが──


(これで良いのでしょうか……?)


「ああっ! 危ない!」


 ヴィーレがそう考えながら街を歩いていると突然そんな叫び声が聞こえた。


 見ると、荷馬車に積んであった荷物の縄が解け、荷物が崩れてしまっている。


 だが、先ほどの叫びだけでは誰に対して、何に対して言っているのかわかるはずもない。


「──っ!?」


 結果、聞こえた叫びは役に立つことなく虚空へと消えていき、ヴィーレは崩れた荷物に気が付いたが、遅かった。それに加え、運も悪かった。


 崩れる荷物に気づいたヴィーレはとっさにその場から避けようとしたが、すぐ近くにいた子供が視界に入ったことでその動きを止めた。


 そして、子供を庇うように逃げるのを止めてその場で身構え、崩れてきた荷物の下敷きとなった。


「だ、だいじょうぶですか!?」


 そう言って荷物の下敷きになったヴィーレに駆け寄ってきたのは、平民が着る服よりも幾分か良い生地を使った服を着た青年だった。


 かけられた声はヴィーレの記録の中にはない。

 であれば、声の主は今し方ヴィーレを下敷きにした荷物の持ち主と言う事になる。


「ええ」

「あ……」


 荷物の下敷きになるなど、普通であれば命に関わっていてもおかしくはない。落ちてきた荷物はそれほど量があったわけではなかったが、それでも怪我をする程度には量があった。


 だが、ヴィーレは何事もなかったかのように荷物の中から這い出し、立ち上がった。

 しかし、一見何事もなかったかのようなヴィーレだったが、立ち上がったヴィーレの腕は不自然に動いていなかった。


「あ、あう……」

「怪我はありませんか?」

「あ、あの……えっと……ご、ごめんなさい」

「怪我がないようでしたら問題ありません」


 ヴィーレは突然のことに怯えている子供の様子を確認するが、怪我をしていないどころか荷物が当たった様子もない姿を確認すると一つ頷き、子供から顔を逸らした。


「では失礼いたします」

「ま、まって! その腕! 病院に行かないと!」


 腕が折れてしまったのなら病院に行くと言うのは当たり前の事だ。だが、ヴィーレの場合はそうはいかない。なにせヴィーレは人間ではなく作られた人形なのだから。


「ご心配ありません。この腕は生身ではありませんので」

「え……? もしかして機巧義手?」


 ヴィーレの体は義手ではなく全身が機巧によって作られていたが、わざわざそんなことは言わない。それは『普通』ではないから。


「だ、だとしても、そのままでいいわけないです! すぐに専属の工房に行かないと!」

「いえ、私はこの街に来たばかりですので、専属などはおりません」

「そんな!」


 普通は機巧義肢をつけている者は専属の職人を持っている。それはその義肢を作ったものでないと細かい調整などができず、のちに不具合などが出るかもしれないのだから当然である。


「……な、なら、僕の工房に来てください。まだ一人前とは言い難いですけど、状態を見てどこかの工房を紹介することはできますから!」


 服などから判断して、貴族などの良家の子息だと判断していたヴィーレだが、どうやらこの少年は機巧技師のようだ。もっとも、貴族であっても機巧技師となる者がいないわけではないので、貴族でありながらも技師であってもおかしくはないが。


(自分で見ることもできますが、義手という事にする以上は知り合いの工房というものがあった方が普通でしょうか?)


 そう考えたヴィーレは少年の申し出を受ける事にした。


「ではお願いいたします。申し遅れましたが、私の名前はヴィーレ・ラルカと申します」

「あっ! すみません! 僕はグレア・アル……。いえ、グレアって言います」


 自身の名を言い直した青年。普通に考えれば怪しい。だが、ヴィーレはそんなことなど気にしなかった。そもそも、気にする、という機能はつけられていないのだから。


「では僕の工房に案内します!」


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