第17話マーガレットとの遭遇

 ――◆◇◆◇――


 時刻はもうすぐ昼となる時間。

 グレアからしてみれば〝ようやく〟というべきか、ヴィーレと合流してからはあっさりと進むことができたものの、朝のうちから家を出たにしては随分と遅い時間となって技師ギルドへと到着した。


「えっと、マーガレットは……よし、いない!」

「いるわよ、ここに」

「っ!?」


 幼馴染であるというギルド職員に出くわさないように、物陰からこそこそとギルドの建物内を観察していたグレア。

 そして探した結果、件の人物を見つけることができず、意気揚々と建物の中に進もうとしたその時、背後からグレアに声がかけられた。


「みゃっ、マーガレットッ! 何でここに!?」


 グレアが振り向くと、そこにはウェーブのかかった長い赤髪を背中まで伸ばしている気の強そうなつり目気味の女性が立っていた。


 その人物は不機嫌そうに眉を寄せてグレアのことを見ているが、そんな女性を見るなりグレアは目を見開き、叫びながら数歩後ずさりした。


 どうやらこの女性がグレアの言っていた幼馴染のようだが、難しい関係であると言ってもまさかここまでの反応をするとは思っていなかったヴィーレは、二人の様子を興味深く観察していた。


「ぷっ! みゃ、だって。みゃ!」


 自分を見てから叫んだグレアに不満はあったが、そのみっともなさを見て留飲を下げたのか、女性――マーガレットはいじめっ子のように口元を弧を描きグレアの醜態を笑った。


「い、いきなり声をかけるから驚いて噛んだだけだよ。それより、何でここにいるのさ。仕事はいいの?」


 自身の醜態を見られたことに少し顔を赤くしながらも、何事もなかったかのように背筋を伸ばしたグレア。

 さっさといなくなってほしい。そう言うかのようにグレアはマーガレットに問いかけるが、マーガレットはニヤニヤと楽しげに笑いながら答えた。


「今は休憩中だったのよ。外のカフェに友達と食べに行ってたの」


 昼食というには少し早い時間ではあるが、全員が一斉に外に出てしまえば業務が滞ることになるので時間をずらしての昼休憩というのがこのギルドでの基本であり、マーガレットは丁度その休憩を終えたところだった。


 運が悪いということもできるかもしれないが、そもそもグレアが悩んで立ち止まっていなかったらもう少し早い時間にギルドに来ることができていたのだから、そうすればマーガレットに遭遇することな教示を終えられたはずだ。


 だから結局は、言ってしまえばこの遭遇はグレアがヘタレだったせいということになるだろう。


 もっとも、立ち止まっていなければヴィーレに会うこともできなかっただろうから、どっちがいいのかはグレアの考え方次第ということになるだろうが。


「それであんたは何しにこんなとこ……は? まさかそっちのって彼女だったりするわけ?」


 ニヤニヤと笑みを浮かべながらグレアがギルドまで来た用件を聞こうとしたマーガレットだったが、その途中でグレアの背後に立っていたヴィーレを見て驚いたように目を見開くと、再びグレアに視線を合わせて問いかけた。


「え、あっと、ヴィーレは……」


 恋人ではなく工房の従業員だ。本来であれば素直にそう答えるべきなのだろう。

 だが、ここで否定するのもなんだか嫌だ。

 そう感じたグレアはどう答えるべきか迷い、言葉に詰まっていたのだが……


「彼女、というのが恋人関係のことを指しているのであれば、違います」

「……そうだね」


 言葉に詰まったグレアに代わってヴィーレは実にあっさりと答えてしまった。

 その態度を見て、グレアは自分が降られたような感覚に陥り、がっくりと肩を落としながら同意する様に言葉を吐き出した。


「あっははは! ウケる」


 そんなやり取りだけで二人がどんな関係なのかおおよそ把握することができたマーガレットは、落ち込んでいるグレアを見て楽しそうに笑い、遂には目元に涙さえ浮かべ始めた。


「あー、マジで笑ったわ~。ってかそうだよねー。あんたみたいなのがそんなきれいな子をつかまえられるわけないもんね~。権力も金もないくせにコネだって自分から捨ててさ。ほんとバッカみたい。何にもないあんたに寄りつくような女なんていないって」


 マーガレットはグレアのことを嘲笑いながらそう言ったが、その表情にはどことなく不満そうな感情が混じっているようにも見える。

 だが、そんな些細な異変には気づけないグレアは、少し落ち込みながらも気を取り直したようでマーガレットに言葉を返した。


「別に、僕はヴィーレにそういう思いを持ってないし……ヴィーレはただのお客さんだよ」

「へ~。ふーん、そうなんだー。それは残念だったわねー」


 ただのお客さん。そうグレアは言ったが、どう見てもそれだけではないグレアの態度を見て、マーガレットはまたも楽しげな様子でニヤニヤと揶揄うような笑みを浮かべた。


 被害の規模という意味では些細なものかもしれないが、二人の様子はまさにいじめっ子といじめられっ子といったものだろう。


 そんな二人の様子を見ていたヴィーレは、二人の関係や振る舞いを見ていてとある疑問が思い浮かび、その疑問について問いかけてみることにした。


「一つよろしいでしょうか?」

「ん? あー、なに? どうかした?」


 それまで積極的に話しにはいってこようとしなかったヴィーレが突然話しかけてきたことで、マーガレットはキョトンとした表情を浮かべながらグレアからヴィーレへと顔を向け直し、返事をした。


「他者を貶めてはならないとお父様から学びましたが、それは普通ではないのでしょうか?」


 ヴィーレの言っていることは至極真っ当なことだ。人間社会で生きるのであれば、まともな家庭で育ったのであれば誰であっても似たようなことは教えられるだろう。

 当然、それなりの家柄に生まれたマーガレットも同じような教育を受けただろうとヴィーレは考えたし、実際にその通りではある。


 にもかかわらずマーガレットがグレアを貶めるような発言をしているのを見て、なぜそのようなことをしているのか疑問に思ったのだ。


 だが、たとえ間違っていることであっても、他人から――それも顔を合わせたばかりの初対面の相手から指摘されれは気分がいいわけがない。


「は? ……ねえ、なんなのこいつ?」


 それまでの流れをぶった切って空気をぶち壊したヴィーレの問いを聞いたマーガレットは、訳が分からないものを見るように眉を顰めてヴィーレのことを見つめ、数秒ほどしてからグレアに問いかけた。


「え、あ、えっと……ヴィーレは、その……少し世間知らずなんだよ。だからまあ、変なことを言うこともある、かも」


 はたから見れば虐められていたように見えなくもないが、ある意味今のは身内ノリという面もあった。それが理解できているからこそグレアもわざわざマーガレットの態度について指摘したりしなかったのだ。


 普通の人間であればそんな二人の関係もなんとなくであったとしても察することは出来ただろう。

 だがヴィーレは違う。二人の関係を理解できずに聞いてしまい、結果としてマーガレットに不快感を与えてしまった。

 マーガレットのこともヴィーレの事も理解しているグレアは、少し焦りながらもそんなヴィーレのことをフォローした。


「世間知らずって ……まあ、見た感じぼんやりとしてそうな感じはするし、やっぱりグレアの知り合いってだけあって変わってんのね」


 グレアがフォローしているのを見て、マーガレットは少し不快に感じたままではあるが改めてヴィーレへと視線を向けて観察し始めた。


「私は、変わっているのでしょうか?」

「はあ? そんなのそうでしょ」

「どの辺がでしょうか?」

「どの辺って……グレア。こいつマジでおかしくない?」


 自分が〝普通〟ではないことはヴィーレ自身理解している。だからこそ他人を見てその振る舞いや思考をまねようとしているのだ。

 だから、自分は変わっていると言われて理解を示し、その箇所を教えてほしいと思ったのだが、マーガレットからしてみればすでにその行為が変わっている……いや、おかしいと言わざるを得ない。


「いや、まあ……個性じゃないかな? 知らないことを知りたいって思うのも、ほら。普通だと思うし」


 グレアもヴィーレの言動はおかしいと感じたが、それでも普段からこの調子でいることを知っているためフォローをした。


「……あっそ。変人と出来損ないで丁度いいんじゃない?」


 そんな二人を見比べて何を思ったのか、マーガレットは少しつまらなそうな表情を浮かべると小さく息を吐き出し、二人に対して背を向けた。

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