第18話ヤバい女?

「マーガレット?」

「私だって仕事でここに来てるんだし、いつまでもあんた達と無駄話してる時間なんてないのよ」


 今のマーガレットは、あくまでも仕事中の休憩時間を取っているに過ぎない。なので、ここで話し過ぎれば休憩時間が終わってしまい、仕事に遅刻することになる。


 そうでなくてもヴィーレにはどことなく自分達とは何か違うような不気味さを感じており、早々に退散したかった。


「それじゃあ、私これから仕事だから。あんたたちは問題を起こさないようにねー」


 マーガレットとしてもグレアのことだから問題は起こさないだろうと思っていたが、何も言わないで消えていくのも癪だった。だから去り際に苦言の一つでも言い残していくことにした。


 それに、グレアは問題なくともヴィーレの方はどうだかわからない。むしろ、先ほど少し会話しただけではあるが、何かしらの問題を起こしそうに感じられた。

 ヴィーレに関して言うなら、その見た目も問題だ。悪い、という意味ではなく、良いからこそ問題なのだ。良い……というよりも、良すぎる。貴族の娘と言われたとしても誰も疑問に思わないだろう程の容姿に、平民ではそこまでしないであろう程しっかりと手入れされた髪と肌。


 ここは平民が中心となってやってくる場所だが、そんな中でヴィーレの姿は周りから浮いている。そのことを考えれば、何か起こると思うのも無理からぬことだろう。


 もちろん何か起きたとしてもヴィーレ自身には悪意はないのだろう。だが、子供の無邪気さが災いとなることがあるように、悪意の有無だけが問題に直結するとは限らないのだ。


 なにも面倒が起こらなければいいんだけど、と思いながらマーガレットは仕事に戻っていったのだが……


「って、なんでこっちに来るわけ? さっきの流れなら違うところに行くでしょ」


 どういう訳か、先ほど別れたばかりのグレアたちがよりにもよって自分の受付までやって来たのだ。これにはマーガレットとしても眉を顰めるしかなかった。


「いや、僕としてもそうしたかったんだけど、大会の参加申請ってここなんだろう?」


 マーガレットはこのギルドの職員ではあるものの、貴族の娘ということもあり、それほど忙しくない仕事に配置されていた。それが大会などのイベントにおける参加者の受付、及び管理だ。


 今回は大規模な大会が開かれるものの、イベントなんてそんなに頻繁に行うわけでもないし、行うにしても参加者はほとんど常連ばかり。なので管理といってもそう難しいことはないため、技師ギルドの職務の中では比較的楽な仕事だと言える。


 そして、楽な仕事だからこそ複数の窓口など存在していないのだった。その為、大会に出場しようと思えば必然的にマーガレットの受付に行くしかないのだ。


「大会? 大会って、技師コンの事? え、あんた本気で言ってるわけ?」

「う、うん。なんだよ。僕が大会に出るのはそんなにおかしい事?」

「おかしいっていうか……無駄でしょ。他の参加者はコネがあったり立場やお金があるのに、あんたは全部捨ててるんだから無理でしょ」


 今回の大会は、基本的には誰でも参加可能ということになっているし、参加すること自体は本当に誰でも可能だ。

 だが、そこで結果を出すことができるのかとなると、何の伝手もない人物では難しいと言わざるを得ない。


 というのも、今回の大会は国が主導しての大会であり、貴族たちのお抱えが参加するもの。いわば貴族たちの自慢大会という側面がある。そんな中で何の伝手も後ろ盾もない一般人になり下がったグレアが出場したところで、まともに評価されるとは思えなかった。つまり、出場するだけ無駄なのだ。


 勝つことができるとしたら、それは多少性能が優れている程度ではならない。素人目に見てもはっきりとわかるほどの差をつける素晴らしい作品を提出するしかないのだ。


 だが、そんな目に見えてわかる程の違いなんて普通は出てこない。それこそ、時代の先を進むほどの天才でもなければ不可能であり、マーガレットはグレアがそんな天才だとは思っていないし、事実グレアは天才ではない。


 そして、そんな内情はグレアとて承知している。

 けれど、それでも出場して結果を残すしかないのだ。そうでなければ、母親を助けることができないのだから。


「少々よろしいでしょうか? 無理、というのはなぜでしょう?」


 だがここで大会の内情を知らないヴィーレが問いかけ、またあんたか、と不機嫌そうな様子でマーガレットがヴィーレを見た。


「さっきの話聞いてなかったわけ?」

「いいえ。聞いておりましたが、あなたの上げたものはどれも技師としての技能に必要ないものだと判断いたしました。金銭はあれば効率的に技能の研鑽を行えるかもしれませんが、絶対になくてはならないものでもありません。ですので、あなたがグレアのことを不可能だと判断する理由には足りないかと思われますが、何か私の理解の至らぬところがあるのでしょうか?」


 優れた技師を選ぶための大会、と聞いていたヴィーレは、技師としての技能が優れていれば良いのだろうと考えており、その裏の人間関係について全く考慮していなかった。


 本来の大会の意味としてはヴィーレの考えが正しいのだろうし、そうあるべきだろう。だがそう正しい事だけでやっていける程人間社会は甘くない。人間はもっと邪悪な存在であるとヴィーレは理解するべきなのだが、それが理解できるのであれば人間というものについて悩むこともないだろう。


「あんた、それ本気で言ってるわけ? ねえグレア。この女本気でヤバいんじゃないの? 世間知らずどころの話じゃないんだけど。貴族の娘だったら私も知ってるはずだし……どっかの山奥ででも育ったの?」


 今の時代もまだ貴族というものは存在している。マーガレットもそうだし、グレアも元とはいえ貴族の生まれだ。

 だがしかし、昔とは違い今は貴族も市民たちに交じって仕事をし、共に生活をする時代だ。その為今時は貴族といっても温室育ちの世間知らずというのは少ない。まったくいないわけではないが、そんな娘はそれこそ家から出されないし、もし本当に貴族の娘であればマーガレットも知っているはずだ。だがマーガレットはヴィーレの事なんて見たことも聞いたこともない。


 そうなると人里離れたところで暮らしていたか、さもなくばよほど頭が緩いということになる。


 どっちにしても色々と面倒そうで、そんな人物を雇っているだなんて大丈夫なのかとマーガレットは幼馴染としてグレアの生活を心配したのだ。


 意地悪をしていたのに心配するなんておかしいかと思うだろうか? だが少し歪んではいるもののこれが二人の関係の在り方だった。


「いや、ヴィーレがどこの育ちとかは知らないんだよ。最初は僕の不注意だったし、それからはお客さんとして接してきただけだから……」


 グレアはヴィーレがミムスの娘であることを話すべきではないと判断し、そう言って誤魔化すことにした。


 ただ、まるっきり嘘というわけでもない。事実として、グレアはヴィーレがミムスの娘であることは知っていても、それじゃあどこに住んでいたのかと言われれば知らなかったのだから。


 普通なら工房で雇う場合は技術や素材の持ち逃げをされないようにするために、元々の知り合いを雇うか、信頼できる者の筋で探してもらうか、あるいは十分に調査してからの雇用となる。

 だが二人の関係は始まりからして特殊だった。


 最初は罪悪感だった。自分が壊してしまったものをどうにかして元に戻さなければ、と。


 次いで感じたのは憧れだった。ヴィーレはミムス本人ではない。だが、その娘だ。だからミムスに繋がれば、あるいはその教えのかけらでも手に入れば、と思った。


 そして最後に……いや、最後というよりはこれは先の二つとは別枠で考えるべきか。グレア自身自覚していなかったことだし、なんだったら今も自覚していないままだが、ヴィーレに抱いた恋心のせいである。


 後は純粋に人手があればと思っていたこともあって、グレアはヴィーレを自身の工房に雇うことにした。つまり、グレアからヴィーレを引き入れたのであり、身辺調査や事前の面接などは何もしていないのだから、どこに住んでいたのか、何をしていたのかなんて知らなくて当然だろう。

 もっとも、そんなことは雇った後にいくらでも時間があったのだから聞けばよかったのだが、そんな個人情報を聞くことができる程グレアは勇敢ではないので仕方ない。

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