第19話登録と警告
「はあ~……それで、登録するのよね? あんたじゃ絶対に無理だけど、こっちも仕事だし登録するだけしてあげる」
これ以上何か言ったところでヴィーレがうるさいし、グレア自身も大会について理解しながら参加する意思があるのだから、これ以上何か言ったところで出場することに変わりはないだろうと判断したマーガレットは、一つ大きくため息を吐きだすと大会に出るための書類に手を伸ばした。
「ありがとう。実物はまた後での持ち込みでいいんだよね?」
「ええ。当日の朝にこっちに渡してくれればいいわ。ただ、その時は〝力〟を持ってる人から優先的に処理していくから、時間に間に合わない場合もあるから気をつけなさいよ」
全員分の受付をするのは当然のことであるが、その順番は登録した順番というわけではない。
仮にグレアと有力者の後援がある人物が同時に来たのであればグレアは後に回されるし、なんだったらグレアが手続き中であっても後に回されるかもしれない。
そういった審査外の時点で既に差がついているのだ。これが実際の審査の時であれば、その差はより大きなものとなり、結果に影響してくるだろう。
「え。じゃあそれってどうするのさ。朝一番で来ても、最悪の場合は参加できないってことだろう?」
どれだけ早く来たとしても……それこそギルドが始まったと同時に来たとしても、何の力も伝手もないグレアでは状況次第では最後に回されてしまい、しんさじかんにまにあわなくなるかもしれないという可能性がある。
そのことにグレアが不満を漏らしたが、そんなグレアの態度をマーガレットは鼻で笑った。
「そうなるわね。でも、それが身分や地位ってものでしょ。あんたはそれを理解してて全部捨てたはずじゃないの?」
「それは……」
グレアは貴族の父親と、使用人の母の元に生まれた。だが遊びで孕むこととなってしまった母を妻として迎えるわけはなく、グレアのことを出産後に金銭と家を与えることで外に追い出したのだ。
その際、息子であるグレアは父親に引き取られて育ったのだが、義理の母親からよく思われていなかったことと、家族間での立場が悪かったこと、本物の母親に会って愛情を向けられたこと。それから、機巧義肢職人になりたかった事が理由で、職人になる事に反対をした父親一家の許を去り、グレアは貴族である身分を捨てて母親と共に過ごすことにした。
だがそんなのはバカのやることだとマーガレットは呆れている。
別に市民として生きなくとも、貴族としての立場を維持したまま外に出ればよかったのだ。それだけで今のような苦労はしなくてよかったし、大会に出場するにしても無駄に悩む必要もなかったのだから。
用はグレアは考えなしに行動し、その場の勢いに流されてしまったのだ。
ある種の英雄症候群と言えるかもしれない。あるいは、別な名前を付けるのであれば『悲劇のヒロイン症候群』だろうか。
ああ、自分はなんて可愛そうなんだ。と、まるで物語に出てくる悲劇のヒロインのように自身の状況に酔っている阿呆。自分は主人公で、きっとこの先も劇的な運命が云々と……まあそんなことを考えていたかはともかく、それに近い感情はあったはずだ。でなければ、貴族という身分を捨てて家と決別する必要なんてないのだから。
だが、そういった夢や妄想も今となっては残っていない。現実を過ごしていくうちに、自身の愚かしさに気が付いたからだ。
夢を見ていた主人公は死に、今は単なる零細工房の経営者でしかない。それでも、状況を改善するためとはいえ大会に出場して結果を出せば、なんて賭けに近い期待をしているところは未だに病気が残っているのだと言えるかもしれないが。
「……はあ。一応こっちで預かってあげることもできるわよ。まあ、普通は自身の今後を決めることになるんだから、よっぽど信頼してる相手じゃないと預けたりはしないんだけど――」
「あ、そうなんだ。じゃあ前日になったら任せてもいいかな?」
言葉を途中で区切って、意味ありげに笑いながらグレアのことを見たマーガレット。その行動の意味するところは、揶揄いのためか、あるいは何かを要求するためか。それはその先の言葉を聞かなければ分からないだろう。
だが、グレアはそんなマーガレットの態度を認識していながらも何の問題もないとばかりに簡単に頷いてしまった。
「……あんた、人の話聞いてたわけ? 私に任せて良いと思ってんの?」
マーガレットの言動の意味を理解しながらも頓着せずに頷いたグレアの態度に、マーガレットは眉を顰めて問いかけた。
「うん。まあ僕はもう実家から抜けてるんだから、貴族籍を持ってるマーガレットとは会い辛いし、マーガレットもあんまり会いたい相手とは思ってもらえないだろうけど。それに、僕の方が一方的に感じてるだけだろうけど、居心地の悪さもあるからあまり会わないようにしてきたけど、マーガレットが悪い人だと思っているわけじゃないから」
しかし、そんなマーガレットの問いかけに対してさえ、苦笑こそ浮かべてはいたがグレアはなんでもない事のようにそう言ってのけた。
「……ほんっとーにあんたってムカつくわね」
「えっと……何が?」
グレアの言葉に一つだけ舌打ちをしたマーガレットは、不機嫌そうに顔を歪めると吐き捨てるようにそう言った。
だが、グレアにはなぜマーガレットがそんな態度をとることになったのか理解できず、困惑した様子で首をかしげるのだった。
「まあいいわ。前日になったら家に……って、あんたはもう来れないか。じゃあここに来なさい。ギルドが営業時間中だったら私もここにいるから。その時に預かって保管してあげる」
「ありがとう、マーガレット」
知り合いなのだからギルドを通さずに直接家に持ってくれば話が早いのだが、貴族籍をもっていないグレアでは、貴族たちから注文を受けたなどの特別な用事がない限り貴族たちが住む区画に入ることもできないため、マーガレットの家に向かうことは出来ない。
その為、前日に職員に渡して書類や危険物等の確認を済ませておくことを提案した。
この方法はちょっとした規則破りギリギリのグレーゾーンではあるうえ、あくまでも個人間のやり取りであるため何か問題が起きればギルドは関与しないことになる。
だが、グレアはマーガレットのことを信頼しているので、なにも躊躇うことなく頷き、何も疑うことなく感謝を告げた。
「ただ、気をつけなさい。今回はあんたも知ってる〝力〟を持ってる奴が出るみたいだから。まあ、あんた程度の腕じゃ勝つことなんてできないでしょうけどね」
大会出場の手続きを終え、大会前日の話も終わったグレアたちはギルドから去ろうとしたのだが、その去り際にマーガレットがそう告げてきた。
その『力をもっている奴』というのが誰なのか、そばで聞いていたヴィーレには分からなかったが、グレアには思い当たる人物がいるのか表情を曇らせた。
「……それって、もしかしてアッシュの事?」
「ええ……そうよ」
「そっか……うん。ありがとう」
曇った表情のままグレアはマーガレットに礼を言うと、一つ大きく深呼吸をしてから顔を上げた。
「それじゃあ、大会の前日はよろしく」
「あんたも、下手なもんだすんじゃないわよ」
最後にそう言いあった二人を見て、ヴィーレは最初の二人の態度との違いに余計に人間というものが理解できなくなった。
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