第20話グレアの過去
――◆◇◆◇――
「――はあああああ~~~……疲れた……」
ギルドから去った後はどこかに寄ることもなくそのまま自宅へと向かっているグレアとヴィーレ。
それだけ疲れていたということなのだろうが、ここでヴィーレとどこかでお茶をしていく、というような発想が出てこない時点でダメダメだと言えるかもしれない。
「お疲れ様です。無事に登録できたようで何よりです」
「ありがとう。マーガレットが受付だった時はどうなるかと思ったけど……結果的にはよかったかな」
グレアは最初マーガレットに会いたくないと思っていたし、遭遇してしまった直後も不安を抱いていた。
だが、会ってみればなんてことはなく、結局はグレアの考えすぎという結果に終わった。
しかし、今日グレアと出会った時には足が止まる程嫌がっていたマーガレットとの再会、あるいは遭遇だったが、実際に会ってみた後のグレアの態度の変化を不思議に思いヴィーレは問いかけた。
「彼女との間に何か関係があるのでしょうか?」
「関係っていうか、まあさっきの話で分かっただろうけど、知り合いなんだよね。向こうは貴族のお嬢様で、僕はただの市民だけど」
「ですが、グレアも以前は貴族だったのではありませんか? そのような話しぶりだったように感じられましたが」
「……そうだね。貴族〝だった〟よ」
過去の自分のやらかしが原因である話のため、グレアは今まで自分の過去についてヴィーレに話してこなかったし、今も話すべきかどうか悩んでいる。
だが、ヴぃーれはマーガレットとも会ったし、何より自分の方はヴィーレの事情について知っているのに自分の方は秘密を話さないというのはなんだか壁を作ってしまっているように感じられた。
その為、グレアは唇を軽く噛んで悩み、少ししてから一つ深呼吸をして話し始めた。
「今の時代は貴族って言ってもそんな偉そうに振る舞える立場でもないし、一部は市民と変わらずに生活してるけど、それでも力と金を持ってるのは事実だし、特権があるのも事実だ。そして、そんな特別意識をこじらせている貴族主義も、いまだにいるんだよね。それが僕の家だった」
今時の貴族というのは、言ってしまえば『古い家柄』や『歴史のある家』程度の価値しかない。もちろんその長い歴史の間に築いてきた伝手や財産は引き継がれているので力はあるし、市民たちからしても『貴族』というだけで特別扱いするような認識はあるので、特別な存在であることも間違いではない。
だが、実際に法律上で市民と何が違うのかと言ったら、なにも違うところなんてないのだ。
市民と貴族と分けて言葉にするから誤解されるのだろうが、貴族も市民の中の一人でしかないのが現実だ。
しかしそんな現実を受け入れることができず、『貴族らしい生活』というのを求める貴族達も少なくない。
そして、グレアの家はそんな貴族らしさを求める家だった。
「けどそんな家じゃあ、職人なんて仕事は認められないんだ。汚れながら仕事をするのは優雅ではない。貴族の仕事ではない、ってね。貴族が着ているものも食べているものも使ってる身の回りのものも、全部職人が作ったっていうのにね」
貴族は偉いと勘違いしている者達がいるが、貴族なんかよりも必死に仕事をしているしみんたちのほうが偉いとグレアは考えている。
実際、家の受け継いできた伝手や財産を使わずに個人の能力だけでどれだけ国に貢献することができるのかと言ったら、ほとんどの場合は貴族よりも市民たちの方が貢献することができるだろう。
技術はもちろんのことだが、今どきは市民とて学校に通うことができるおかげで知力の差はないに等しいのだから。
「それに、今の時代は義肢職人っていうのは貴重で、腕のいい職人はある意味貴族よりも上の立場だ。だから普通なら義肢職人になりたいって子供が言ったら、それを応援するものなんだけど……どれだけ有用でも所詮は職人だって怒られちゃってさ。だから、あの家を出ることにしたんだ」
義肢の存在しない昔は、屍獣と戦っているのもやっとな状態だった。なにせひとたび手足を失ってしまえば、それだけで戦力外となってしまうのだから。
どれだけ強くとも、どれだけ時間と金をかけて教育を施したとしても、そうなる時は一瞬だ。仲間を助けようとした。ほんの一瞬油断してしまった。任務を果たすために無茶をした。
それだけでかけた時間も金も無駄になってしまう。
だがしかし、今はそうではない。
命が失われればどうにもならないのは変わらないが、手足が無くなった程度であればまた戦場に戻ることができる。
それに伴い、多少の無茶もできるようになった。
以前であれば手足の損傷をしないように気を付けながら消極的に戦うしかなかったが、今は手足の損傷を勘定に入れて積極的に危険に突っ込んでいくこともできる。
手足が無くなったところで、それが新しく無くなった部位であれば、義肢にすることでまた活動できるようになるし、すでに義肢だったのであればまた新しいのを突ければいい。
なんだったら、義肢にしたことで怪我をする前よりも能力が高くなることもある。
その為、腕のいい義肢職人というのはある意味この国を支え、守っている職業だと言える。
表に出ることができる程勇気がない。実際に戦えるほど能力がない。
けれど裏方として戦うものを支えることは出来る。
そんな義肢職人というのは、市民たちの間では尊敬される職業であり、理性的に考えることのできる貴族や王族からは感謝の念を持たれているほどだ。
「それに、元々僕は本妻の子供じゃなかったからね。母さんは僕が生まれたと同時にあの家を追い出されて一般市民として暮らしてたし、僕もあの家では下の扱いだったからあの家にいる意味ないと思って出てきたんだ。まあ、今からしてみれば随分バカな行動だったとは思うけどね。僕がまだ貴族としての籍を残していれば、母さんの体調だってよくなったかもしれないんだし」
貴族としての籍がまだ残っていたのであれば、家と仲が悪いと言っても打てる手はいくらでもあった。それを一時の感情や状況に流されて捨ててしまったのだから、グレアとしても愚かだったと哂うしかない。
自嘲するように肩を竦めたグレアの話を聞き、ヴィーレはもう一つの疑問を問いかけることにした。
「では、マルコという方はお知り合いなのですか?」
「もう一人の貴族の知り合いだよ。僕とは違って、義肢職人になる事を親から反対されなかった上、職人としての才能もある奴だよ」
そう言ったグレアの表情に羨望の色はなく、わずかではあったが諦観が見て取れた。
「そうですか」
ヴィーレはそんなグレアの様子に頓着することなく、ただ一言頷くだけだった。
「うん……って、それだけ?」
「他に何か必要でしたか?」
「……いや、そうだね。うん。ヴィーレはそういう人だったね」
けれど、そんなそっけない反応が自分達の関係にあっているような気がして、グレアは少しがっかりしたように肩を落としつつも、気の抜けたようすで苦笑を浮かべた。
「何か不手際があったのでしたら、教えていただければ直しますが」
「いいんだ。僕が勝手に卑屈になってただけだから」
首をかしげるヴィーレに、グレアはそう言うと背筋を伸ばしてから一つ大きく息を吐き出した。
「それより、この後はどうするの? ギルドの見学は終わったでしょ? 僕は大会の登録もしたし、これから工房で出品用の義手について考えるつもりだけど……」
「そうですね。ではこの後も引き続き街を歩くことにします」
「あ、そうなんだ……」
内心ではこのまま一緒に家に帰って今日も一緒に作業を、などと考えていたグレアだったが、あっさりと告げられたヴィーレの言葉にまたも肩を落とすこととなった。
グレアもヴィーレという存在に対して理解があるのだからいい加減彼女の反応について学ぶべきなのだが、それでも気になってしまうのが恋心というものなのだろう。
「何かありましたか?」
「いや、ううん。なんでもないんだ。それじゃあ、また明日。工房で待ってるよ」
「はい。明日からもよろしくお願いいたします」
そうして二人は分かれ、グレアは工房に、ヴィーレは街を歩き人間の観察を続けることとなり不意に訪れた休日は終わることとなった。
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