第40話至高の職人の弟子

 

「それは一体どういうことでしょう?」

「端的に言えば、出来が良すぎる。先ほどそいつが言っただろう? 自分が知っている中で最も優れていると。私はそこまでは言わないが、それでも似たような感想は持っている」


 この審査員は自身も長年職人として活動してきた大ベテランといってもいい人物だが、それでもこれほどの義手を見たことはなかった。


 だが、それも当然だろう。この腕はグレアが作ったものではなく、至高とまで呼ばれた義肢職人であるミムスの作品なのだから。

 実際にグレアの名前が刻んであり、グレアが修復を行ったのだから、まったくの無関係ではないし、グレアの作品として提出することもできる。だが、『グレアが作った作品』として言い切るには事実とはかけ離れていた。


 だが審査員たちはそんな事情を知らないため、ヴィーレの腕を睨みつけるように見ながら険しい顔で悩み、ツイッとヴィーレへと視線を向けた。


「それで聞きたいのだが――この腕は本当にグレアという人物の作品で間違いないのかね?」

「はい。それはグレアの作品で間違いありません」

「ふうむ……だが、そう言われてもにわかには信じられんな」

「まあ、表に出てこないで何十年も下町の中でひっそりと作っていた、というのなら理解できないでもないですが、グレアという方はいくつの方ですか?」

「二十三だと聞いています」


 そんなヴィーレの答えを聞いて、審査員たちは全員がほぼ同時といってもいいほど一斉に顔を顰めた。それほどまでにヴィ―レの言葉が信じられなかったのだ。


「流石にそれは嘘だろう。二十三でこれほどの作品を作り出すなど、できるはずがない」

「そうか? 二十三というのであれば、あの歪さも理解できなくはないだろ」

「ああ、全体の完成度は素晴らしいが、一部手を抜いたんじゃないかと思える技術力の差か。あのちぐはぐさが若さのせいだというのなら、確かに理解できないでもないな。いくら天才と言えど、全てを完璧に作るには流石に時間が足りないだろう」


 ミムスが作り、グレアが修理したことによって生じた技術力の差のちぐはぐさだが、審査員たちはむしろそのちぐはぐさこそがグレアが作ったことの証明だと考えだした。


「……だが、やはり私は信用できん。いかに天才と呼ばれるものであったとしても、誰に師事することもなくこれほどのものができるとは思えん。そこのところはどうなんだね?」


 だがやはり完全に信じることは出来ないようで、審査員の一人がそんなことを言い出した。だが、言わなかった他の審査員も同じように知りたいと思ったのか、全員がヴィーレに視線を集めた。


「どう、とは師事した者がいたのか、ということでしょうか?」

「そうだ」

「その点に関しては本人から聞き及んでいませんので不明ですが、私の父の記録を見せました」


 そう言われたところでヴィーレが誰の娘なのか理解していない審査員たちは顔を顰めるだけだった。


「君の父親の……? ということは、君は高名な職人の子供なのかな?」

「高名かは不明ですが、私の父の名前はミムスと申します」


 だが、ヴィーレのさらなる答えを聞いた瞬間、審査員たちの表情は間の抜けたようなものとなり、黙り込んでしまった。そしてそれは審査員たちだけではなく司会の男も、会場にいた他の参加者や関係者、そしてグレアに嫌がらせをしたアッシュまでもが同じように呆けた表情を浮かべた。


「…………は?」


 そう声を出したのは誰だったのか。審査員か他の参加者達か。誰のものか分からないが、やけに響いたその声によって審査員の一人が正気に戻り、慌てた様子で立ち上がりながら叫んだ。


「……ま、待て! ミムスだと!? ミムスとは、あの〝至高〟と呼ばれる義肢職人の!?」


 ミムスは義肢職人のなかで『至高』とたたえられているが、最後にその名前が出てからこれまで二十年近くその詳細が不明となっていた。中には死んでしまったとさえ言われていたのだ。

 そんな人物の名前が今になって出てきたのだから、驚くのも無理はないだろう。


「はい。証拠となるかは分かりませんが、こちらを」


 そう言いながらヴィーレは首から下げていた首飾りを外し、それを審査員の一人に渡した。


「これは……本物だ……」


 審査員が確認すると、そこには『我が娘ヴィーレに贈る』と書かれていた。それにより、ヴィーレはミムスの娘であると証明されることとなった。


「はは……なら、この出来も納得だ。あの〝至高〟の弟子なんだからこれほどの出来になってもおかしくはない。いや、むしろそれ以外にこの腕を作ることはできないと言い切ってもいい」

「そう、だな……。この完成度も、一部の技術力の差も、年が若いことを考えればまだ完全にミムス殿の技術や知識を習得しきっていないからだろう」

「〝至高〟の職人の弟子か……確かに」


 本来はたかが首飾りを提出しただけでは娘である証明にはならないかもしれない。だが今だけは別だ。なにせ、ミムスの知識を受け継いだ、と言われて提出され、そうだとしか思えないほどの出来である義手が存在しているのだから。


「ね、言ったとおりでしょ?」

「……なんで……なんでこんなことを?」

「知らないわよ。あの子がこの腕を出すから認めろ、って管理主任に言ったの」

「なんでヴィーレはあんなことを……」

「さあ。そんなの本人に聞くしかないんじゃない?」


 そんな光景を舞台の下から呆然と眺めているグレアにマーガレットが話しかけたことで、グレアはハッと気を取り直し、咎めるような表情でマーガレットに問いかけた。だが、その問いに対する答えが返ってくることはなかった。


「――さあ、それでは今大会全ての審査が終わりましたので残すところは表彰となりますが、今しばらくお待ちください」


 〝事故〟が合ったことによる処理や手続きのせいか、グレアの作品が最後だったようでその審査が終わるとすぐに表象となったのだが、もうその場の空気は表彰どころではない。そんなものしなくとも、今この会場にいる者達は全員結果など分かりきっており、表彰の結果なんかよりもミムスの行方や、その娘であるヴィーレの存在についての話が会場のいたるところで行われていた。


 そんな空気の中二位以下の表彰も行われ、アッシュが二位に輝くこととなったが、素晴らしい結果であるはずのそれは全くと言ってもいいほど話題になることはなかった。


「――ヴィーレ!」


 左腕を作品として提出してしまったことで隻腕となったヴィーレ。

 そんな彼女は手続きを終えた後、様々な申し出や話を辞してグレアの工房へと向かおうと会場を後にしたのだが、その途中でヴィーレのことを追いかけてきたグレアが追い付き、ヴィーレの名を呼んだ。


「なんでしょう」


 片腕で優勝の証明書などを抱えながら振り返ったヴィーレは、いつも通りの無表情でグレアを見つめている。

 そんなヴィーレの視線にグレアはぐっと言葉を詰まらせたが、すぐに覚悟を決めると静かに問いかけた。


「……なんであんなことしたの? ミムスさんが父親であることは隠すんじゃなかったの?」

「私としてもそのつもりでした。あの瞬間でさえ、私はどう行動するのが最も無難に収まるかを考えました。そしてその結果は、あなたがとった行動と同様のものでした」


 そう。ヴィーレとしても、あの場は黙って諦めるのが最善だと判断していたのだ。

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