第03話 俺の名は坂崎竜斗
:配信が復活してるぅ
:ええ、嘘ッ
:生きてるぅ!?
:怪我は? どうなったのハルちん
:奇蹟や、ワイらは奇蹟を目にしとるんや
:仲間と合流できたん?
:公式の救助隊に助けてもらったの?
「え、えっとお。なんだかわかんないけど、生き延びちゃってます」
少女がリスナーのコメントに応ずると同時に、男の声が不意に発せられた。
「おう、気がついたか」
「きゃああああっ!」
男が声をかけると、自撮り棒でダンジョン配信を再開していた少女は素っ頓狂な声を上げて、エビのように尻から遠ざかった。
「誰! だれ、だれ、だれ、え、あ? え! 男のひとっ!?」
「お、おう。一応、俺が君を助けたんだけど」
「男の人が、わたしを?」
「そうだ。ま、たまたまだからな。普通だよ、フツー」
ショートソードを構えた少女は大きく両眼を見開いたまま、その場にへなへなと尻もちをついた。
「おい、大丈夫かよっ」
「あ、はいいいっ。へいき、平気ですからっ!」
男が助け起こそうとすると少女は顔を真っ赤にしながら激しく固辞した。男はどうしていいかわからない表情で視線をうろつかせた。
「あの、わたし、モンスターにやられて。それで、ここに大きな傷を――もしかして、これ」
少女は裂かれたシャツをペロッとめくってみせた。そこには、傷の痕などなくまっさらな贅肉のない白い腹があった。強制的に人間社会と隔絶され禁欲生活を強いられていた男には衝撃過ぎる。無防備ゆえのそこははかとないエロスを感じ男は思わず前かがみになる。
「お、おう。俺の治癒魔術で治しておいたぞ」
それだけ言うと男は押し黙った。
股間がカチンコチンになっているのを知られたくない一心からである。
男は童貞だった。
ゆえに、女の扱いなど知らぬ。
――どうするうぅ! どうするよう、この沈黙を!
だが、先に動いたのは少女のほうであった。
「あ、あのっ。わたしを助けてくれたんですよねっ。ありがとうごいざいますっ! わたしは、探索者の霜村ハルカと申します。あの、よろしければ、お、お兄さんのお名前を教えてもらえないでしょうか!」
ハルカと名乗った少女は自撮り棒を左手に持ち替えると、凄まじい急角度で身体を折り曲げて右手をサッと伸ばしてきた。はるか昔、男が幼少期に見た集団見合いパーティー番組でやった交際を申し込む時のような仕草である。
「ああ、俺は坂崎竜斗だ。よろしくな」
「坂崎リュウト、さん」
ハルカは竜斗の名を噛み締めるように復唱した。竜斗はそっと目を閉じたハルカの艶やかな表情にゴクリと生唾を呑み込む。
こんな状況だというのに、竜斗は「あれ? もしかして、俺らこんな暗い場所でふたりっきりでいい雰囲気じゃね?」と童貞的妄想をたくましくしていた。
「あ、あのリュウトさんって呼んでよろしいでしょうかっ!」
「うおっ。あ、ああ、いいよ。それで。フヒヒ」
反射的にキモイ笑いが漏れるのは致し方なかった。竜斗の対女性スキルの低さがすべてに気色悪さを醸し出させているのだ。
「うん、そんじゃあいこっか。霜村さん」
いきなり名前で呼ぶのは馴れ馴れしいだろうと思い竜斗はハルカの姓で呼んだ。
「ハルカ、ですっ! ハルカって呼んでくださいっ!」
ハルカは竜斗の顔に鼻をくっつけるような勢いで近づき、叫んだ。竜斗はギョッとしながらも、ハルカから漂う甘ったるい匂いにくらくらしながらわずかに半歩退いて、返事をした。
「ハルカさん」
「あ、ただのハルカでいいですっ!」
「お、おう。それじゃあ、ハルカ。これでいいか?」
「はい、です」
「それじゃあ、互いに名乗り合ったついでに、情報交換といこうか」
それこそが竜斗のもっとも望んでいたことであった。
「探索者協会? 許可証? ランク制? 悪い。それ、なにひとつ知らないや」
「ええっ。知らないって、マズいですよ。いくらなんでも」
「そうなの?」
「はい、一応、法律では許可証なしの探索やモンスターの討伐行為は禁じられているんです。新銃刀法違反で協会に知られた時点で、懲役15年か300万円以下の罰金になっちゃうんですよ」
「マジか……知らんかった。いつの間に」
「あ、でもでも、リュウトさんは男性だから保護法の観点から言えば特例でなんとかなるかも」
それだけ言うとハルカはうーんと唸りながらその場に立ち止まり考え込んでしまった。
――男性? 保護法?
竜斗の中に激しい疑問符が浮かぶ。気づけば、ハルカは竜斗に顔を寄せてくんくんと鼻を鳴らしていた。これには長いダンジョン暮らしで神経が摩耗した竜斗も激しい羞恥心を覚えて、わずかに距離を取った。
「な、なんか臭かったか? 洗ったつもりなんだが」
「あ! すいません。そんなつもりじゃ。気を悪くしないでください。リュウトさんは臭くなんかないですよ。むしろワイルドです!」
「ワイルド? あ、あはは。そ」
――なんか、この女普通じゃねえぞ。かわいいけどな。
だが、思ったことは口に出さない。そのくらい竜斗から見ればハルカの容姿やスタイルは抜群だった。
それよりも、竜斗はなぜこんな出会いがあるのならば神は我に日々の身綺麗さを心がけるようにお告げを下さらなかったのかと、見当違いな呪詛を吐いた。
「ていうか、リュウトさん。どうして、ここに? ダンジョンの探索者で基本的に男性はいないはずですよね」
「探索者に男がいない?」
「あの、そもそも、どうやってダンジョンに入ったんですか? どのルートから入るにしても協会の目が厳しくて、こっそり入るのは不可能だと思われるんですけど。あ、すいません。配信は切ってるんで、ここだけの話。なにを言っても大丈夫ですよ」
「ちょ、ちょっと待った。質問が多すぎる。悪いな、ちょっとダンジョン暮らしが長くて人と喋るのは久しぶりなんだ。ひとずつ確認させてほしいんだが」
「いいですよー。わたしも、いろいろ聞いちゃってすいません。えへ」
「そうだな、かいつまんで言うと俺はこのダンジョンの最深部にいるタチの悪い極めつけのバケモンとやり合ってから、半死半生の目に合わされて、仲間とはぐれたんだ」
「あ、わたしもですっ! わたしもミノタウロスに追いかけられて仲間とはぐれちゃいましたっ!」
「あ、ああ。うん。それから、なんとか一命は取り止めたんだが、苦労の連続でさ。ずいぶんと長い間、このダンジョンでさ迷うことになったんだよ」
「そう、なんですか」
「うおっ」
竜斗はギョッとした。ハルカはその大きな瞳に涙を浮かべて、大きな雫をぼろぼろと落としている。彼女はほとんど抱きつかんばかりにずいと前に出ると竜斗の手を両手でギュッと握った。竜斗は勃起した。
「大変でしたよね、リュウトさん」
――おい、マジかよ。もしかして、この子、俺のこと好きなん?
竜斗は糞童貞だった。童貞は女の子となぞなにひとつ知らぬ。たとえれば、学校の教室で自分が落とした消しゴムを拾われて笑顔で渡されただけで、自分にゾッコンであろうなと勘違いする悲しい習性を持った生き物なのだ。
竜斗は倫理観など置き忘れた野生の獣同然のダンジョン暮らしで、人間の好悪に関するピントが完全に狂っていた。
元々モテなかったので女に対して免疫がなかったことも大きかった。
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