第14話 感動の再会……かも
自分が人よりも優れているなどと思ったことは一度もなかった。10代のころに地球は謎のモンスターに侵略され、あまり深く考えることなく、探索者として戦うことを決めた。
竜斗は自分が思っていた以上に探索者に向いていたのかもしれない。ハッキリ言ってしまえば混乱した世界も、次から次へと世界各地にポコポコと出現するダンジョンも、そこから現れるモンスターも竜斗からすれば現実感のないものだった。
これらを強いて表現すれば祭だ。文化祭や体育祭のノリが延々と続いている。当時の竜斗は命懸けでモンスターと戦ったり血反吐を吐くようなダンジョンの冒険もどこか夢の続きを起きたまま見ている――そんな具合だった。
中学の学生服へロクに袖を通さぬまま探索者として国より命令を受けて潜り、竜斗はその難解なミッションをことごとくクリアした。
13歳である多感な思春期を、殺し合いの中で過ごしていくうちに自分は人間として大事なものを失っていたのかもしれない。
そんな中でも、青春はあった。部活に汗を流す代わりに、闘技的スキルと魔術を磨きギリギリの状況で全力を尽くす。現場に大人がいることは稀だった。
この魔王討伐という祭は少年少女たちが主催して行われ、それらはやがて敵のボスの死によって終焉を迎えた。竜斗はロクに学校に出席せず、教科書も配布されたものを受け取ったがほとんど目を通すことはなかった。最低限の学識や常識は、ひとつ上の姉が戦闘や休憩の合間を縫って教えてくれた。竜斗にとって学問とは娯楽に過ぎなかった。
6歳上の姉は、早くに亡くなった母の代わりを務めようと常に厳しい口調だったが、とにかく執拗と思われるほど世話焼きだった。
竜斗は姉である一姫にいつでも反抗的だった。同じパーティーにいた同級生の手前、照れもあり上手くやれなかったのだ。
「ベンキョウってのもいい暇潰しだよな」
ある日、なんとはなしにそのような感想を述べた時、日ごろ取り乱すことがほとんどなかった姉は静かに涙を流した。
竜斗がその優れたスキルを見込まれ戦線へと否応なしに引き揚げられた際に姉はすでに高校卒業を控えていた。いうなれば、姉は平穏な学生生活を送れた最後の年代であったのかもしれない。
その姉が立っている。目の前に。探索者協会の姫島ロリアに武装解除された竜斗は久方ぶりに姉である一姫と再会した。
「姉ちゃん?」
「竜斗、なの」
そろりと一姫が一歩前に出た。歳を取った。まず、竜斗の頭に浮かんだのはそれだった。確かに、記憶にある姉をうんと歳を取らせれば目の前のような姿になるのかもしれない。
だが、竜斗の記憶に色濃く残っているのは20そこそこの若い娘の姿なのだ。ずきり、と後頭部が痛んだ。
目の前の現実と記憶を無理やりすり合わせようとすると、脳がバグる。確かなことは声だけはほとんど変わっていなかった。
だから、受け入れられたのかもしれない。
「本当に一姫姉ちゃんなのか?」
「竜斗!」
「わぶっ」
竜斗が強烈に感じたのは時の流れの現実というものだった。体感時間こそ短かったが、竜斗がダンジョン内でさ迷っていた年月は確かに20年という長さであると身をもって実感できた。
そして互いの温度差だ。竜斗が知る限り6歳の上であった姉が長じてからここまでストレートに感情を表すことはなかった。どんなことがあっても動じなそうな姉が、自分を抱きしめて泣いている。大げさすぎだと思ったが、自分よりもはるかに小さい身体に抱きしめられながら、竜斗は揶揄する気持ちを失ってしまった。
「馬鹿ッ。帰ってくるのが遅すぎるのよ」
一姫がくしゃくしゃになった顔を上げた。母が死んだ日のことをぼんやりと思い出し、ようやく竜斗の記憶が真っすぐ繋がった。
「悪かった。待たせたな、姉ちゃん」
精神的にも肉体的にも竜斗は18歳のそれを超えていない。半ば、真偽の判定もあったのだが、探索者協会や、警察関係者及び消防の方々がそろう一室でこういった「感動の再会」をさせられると気恥ずかしさが先に立った。
パチパチパチと周囲の人々から拍手の雨が降った。とにかく気恥ずかしい。
竜斗は顔を真っ赤にすると、メチャクチャに伸びた自分の長い髪をぐしゃぐしゃと搔きむしった。20年の歳月がそこに在った。
感情の波が収まったのか、姉の一姫がそっと竜斗から離れた。血の分けた弟である竜斗から見ても美人だと思うが、それでも20年の歳月は確かに刻まれていた。
――オフクロによく似てやがんな。
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