第13話 必ずゲットだぜ(※連絡先)
竜斗の目の前に現れた女性は物腰がやわらかく優しい上に親切だった。
――そしてなにより美人だ。
姫島ロリアと名乗る美女は身体にぴったりとしたローブを身につけており非常にかぐわしい香りがする。竜斗はロリアのことを見ると一遍で気に入ってしまった。いまの状況がわからない竜斗に対して、最初こそは不審さを隠さなかったが、事情を説明すると熱心にメモを取り旧知の如くいきさつに涙し、同情してくれた。
「そうですか。リュウトさんはいままでご苦労なさったのですね」
「あ、いや」
――なに、この状況は?
竜斗はロリアをはじめとする20人を超える美女たちに囲まれながら、ダンジョンの中で激しく困惑していた。
竜斗が魔王討伐後ただひとりで20年ほどダンジョンでさ迷い続けたこと――。
霜村ハルカとの出会い――。
ミノタウロス及びケルベロスの単騎撃破――。
これらを語るのはおおよそ端折って15分もかからなかったのだが、その間にロリアが引き連れて来た協会のメンバーはジリジリと距離を詰めて、いつの間にか竜斗を四方から囲むようにしていた。
――な、なんか怖えぞ。
最初は遠慮がちに周囲を囲んでいた探索者たちは時間が経過するごとに大胆になって竜斗に近寄ると、肩や腕や脇腹などに手をぺたりと置き、ふぅふぅと息を荒げている。
全員が一様に無言だ。
それがなにやら奇妙である。異様な威圧感を竜斗は覚えた。だが、あえて抵抗する意味はないので黙って座ったままでいた。
「そうですか。リュウトさんはいままでご苦労なさったのですね」
「いや、どうでもいいがなんでさっきから同じことしか言わんの?」
壊れた再生機のように繰り返されるロリアのセリフに竜斗は苛立つ。
「坂崎竜斗と言えば魔王を討伐したレジェンドの名前」
「おかわいそうに。ダンジョンをさ迷う内に精神を病んでしまわれたのね」
「そこはかとなく目が逝っておられます」
ひそひそ話をかわす探索者モブ子たちの声に竜斗は地団太を踏む。とても、実年齢が38歳とは思えない所業だ。
「ゴルァ、そこぉ! 聞こえてんぞ。誰が狂人だ!」
「そ、そこまでは言っていないと思うんですけど」
「ぬうう。誰も信じてない。てか、俺が俺であることをどうやって証明すればいいんだ」
「それは、免許証とかマイナカードとか保険証とか」
「免許は持ってねぇし、マイナとやらは知らねえし。うう、このままじゃ折角地上に戻れてもワケわからん理由でブタ箱行きなのか」
「……とりあえず、ここではなにも確認できませんから。一度、外に出て協会でゆっくり調べるというのはどうでしょうか」
実に穏健で現実的な提案だ。
「だよな。なによりも、外の空気が吸いたいよ」
「ですね! あ、で。ちょっと、ひとつだけお願いが。いいですか?」
ロリアが上目遣いでチラチラと見てきた。身長は竜斗のほうが頭ひとつ分ほど大きいので自然と見上げる格好になる。媚のある独特な甘ったるい口調に竜斗はわずかに逡巡したが、静かにうなずいた。
「お願いって、なんだ?」
「その、ラインと電話番号を交換してくださいっ」
「ライン?」
竜斗はロリアが差し出したスマートフォンを見ながら硬直した。2005年からタイムスリップしたも同然の竜斗が基本的に見慣れていたのは二つ折りのいまでいうガラケーだけだ。電話番号はわかるがラインの初出は2011年なので当然ながらダンジョンに籠っていた竜斗が知る由もない。
「電話番号はわかるけどラインってのはなんだ?」
「あ、男の方は情報流出の危険性からあまりSNSをやらないって聞いていたんですけど。ライン、わかりませんか?」
ロリアは目敏く竜斗が手にしていたスマホを指差して、焦り気味に言った。無論、竜斗が持っているのはハルカの携帯なのだ。
「その、わからないのでしたら、登録のやり方わたしがお教えしますよ? だから、ね? 交換しましょ? ほら、すぐ終わりますから? ね? ね?」
ロリアがすさまじい圧をかけてグイグイと迫る。竜斗は本能的な恐怖を感じ取って、後方に退いた。
「え、ちょっと――」
「さあ、さあ、さあ、さあ!」
竜斗が強く否定しなかったこともあってかロリアは落ち着きのある清楚の仮面をかなぐり捨てて、猛烈な勢いでかぶり寄りを始めた。
「わ、わかった。よくわからんが、わかったから!」
「簡単ですよ。とーっても簡単ですから。右から二番目の人型のアイコン押して、次は真ん中のQRコードを表示して」
「こうか?」
脳の柔軟性は誰よりもあった竜斗はロリアの説明を一度聞いただけでスマホをスムーズに操作して、友だち登録を終えた。それを見ていた探索者モブ子たちが黙っているはずもない。
「ズルいですよ! あたしもリュウトさまとライン交換する!」
「抜け駆けは許さない!」
「あ、わたし、次わたしね!」
「私も交換するの!」
「やった、男さまの連絡先ゲットだぜ!」
「もう万年モグラ女なんて呼ばせない!」
「ちょっと、順番守って!」
「どけや、オラぁ!」
「泣かすぞ、小娘どもが!」
なお、彼女たちがラインを交換した相手は竜斗ではなくハルカであったことが判明する数日間、彼女たちは長い夢を見れたかどうかは誰も知らない。
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