第32話 冬は鍋パ
「じゃ、女3人そろったから、そろそろあれやるで! いえい! 第34回、誰が一番男運が悪かったのか決めるで選手権!」
久遠寺キョウカがぷしっと缶ビールを開くと宣言した。リオンは覚めた目でぶどうサワーを舐めながら言った。
「いや、やらないから」
「あ、リオン。お鍋運ぶからテーブルの上片づけてくれる?」
霜村ハルカは友人であり探索者パーティーを組んでいる仲間の七海リオンと久遠寺キョウカを自室に招き、鍋パーティーを行っていた。
「ンもお、ノリ悪いなアンタら。女同士で飲み会ときたら、酒の肴は誰が一番男に対して酷い目におうたか発表しあうのが鉄板やんけ」
「悪いけど、そういった地方の風習、私たち都民はよくわからないから」
「ちょ、ちょちょ、ちょお。待って。ウチも東京出身やねん。ただ、10年ほど関西におったから妙なイントネーションうつっただけやんか!」
「どおりでなにもかもがパチモン臭い喋りだったのか」
「誰がパチモンやねんっ!」
「ちょ、キョウカ。狭いところではしゃがないで」
実際、ハルカの部屋はつつましかった。ベッドが置いてあるすぐそばにテーブルを置き、その場が飲み会の会場になっている。部屋も、テーブルも4人掛けで座れば一杯一杯といったところだ。
「つってもなあ。互いの経済状況は知っとるけど、ハルカはもうちょっといいトコに引っ越したらどないやねん。いくら、バイトがメインで探索者としての収入がいまいちでも、ここ18歳の乙女が住む場所とちゃうで」
キョウカが言うように、ハルカの住むアパートはかなり年季のいった部類だった。駅から、やや近いとはいえ、お洒落感は微塵もない。地区的にも昭和歌謡曲が似合いそうなうらぶれた街並みが、妙な生活感を出していた。リオンはサキイカを咥えながら、うんうんうなずいている。
「それに関しては私もキョウカと同意。ねえハルカ。もう一度、ルームシェアの件、考え直してくれない? ふたりで足せば、ここよりかはもうちょっとなんとかなると思う」
「もおお、ふたりとも失礼ね。わたしはここが気に入ってるからいいんです。それに、いまのわたしにはこのくらいで分相応。いまのランクを上げたらもーっといいところに引っ越すから大丈夫だよ。心配ないない」
「しっかし、1LDKにしちゃ、まあまあ家賃はお値打ちやもんな。贅沢だけが人生やない。わかるで」
「けっ、お嬢が。自分は親に金出してもらってオートロックのマンションに住んでるくせに」
「ええやんか、別に。ぶう」
「まあまあ、ふたりとも。わたしは本当にここが気に入ってるから。ね」
「さ、鍋が煮える前にちょいちょいふたりのオモシロ話聞かせてもらおか」
「こいつ、もう2本目だ」
「もお、キョウカはせっかちだなあ。じゃ、できれば乾杯はあの人がくるまで待ちたかったけど、だいぶ遅れるって連絡があったし。しよっか」
「かんぱーい」
3人娘はそれぞれ杯を合わせるとにこやかに笑った。
「ふうっ、キクー。労働のほてりと、この部屋の熱気がウチの身体にアルコールを染み渡らせるんや」
キョウカは口元にビールの泡をくっつけながら、満面の笑みで言った。
「ふうっ、おいし」
「ん。久々のお酒だけど、やっぱりみんなと飲むと美味しいね」
「あはは。せやろ? ウチら生涯の友やで。万が一、奇跡的にも男性に縁があったらウチに紹介すること忘れんといて」
「いや、無理でしょ」
「リオン、しー」
「なあ、聞いてー。ウチ、また待ちぼうけされたんよー」
「わ、いきなり」
「コイツ、結局ただ愚痴りたいだけだったんか」
「また、マッチングアプリで騙されてもうたー。酷いやんか。ウチ、ずーっと渋谷駅で待ってたのに。めっちゃおめかしして、なんでこないに酷い目にあうん?」
「げ。それじゃあ、あの時ハチ公前に居たのはキョウカだったのか」
「リオン、目撃してたの? すごい偶然だね」
「キョウカ。あのアプリまだやってたのか。私が詐欺かAIしかいないからやめろって忠告したのに。なぜ、特攻する」
「だってえ、だってえ、ウチらめっちゃ仲良しになったやん? 毎朝毎晩、ラインして、愛をかわしおうて、そんで! そんでな! お互いに趣味もメッチャ合ったし、普通確信するやんか。これってもう運命やんか?」
「ちょっとスマホの履歴見せて」
「あ、こら――」
「わたしも見たいかな」
「……」
「なにこれBOTじゃん」
「いや、さすがにこれは」
「ちゃう! BOTやない! これはウチの彼ぴっぴやもん! 正真正銘血肉の通った男さまやもん!」
「いやあ、アホだアホだと思っていたが、さすがにこれは――」
「わたしも擁護できないよ」
「いややっ。機械でも良かったんや! いや、あかん! ウチは熱烈にえっちできると思うて20時間も待ったのに、声かけてきたんはポリだけやんか!」
「わーはは。いやあ、キョウカさんには爆笑を提供していただきまして、感無量ですよ」
「……そないなこと言うて余裕かましてられる余裕あるんか? リオンさんもウチと同様にいかれてるんちゃう?」
「どきどきっ。――バカな。キョウカのようなヘマを私はやったりしない」
「ウチは知っとるんやでえ。先月、異様にスマホをチェックしてた時期があって、それがある日を境に超絶ダウナーになっとったリオンがおったんを」
「あー、そう言えばリオン、先月の終わりくらいに、すっごく落ち込んでたよね」
「吐けえ! んんん? 吐いて楽になってみい?」
「……実はSNS関係で、私も」
「ええて。ハルカは黙っとき。なあ、リオン。誰でも間違いはある。それに、こんな男性が極度に少ない世の中や。愛を求めて騙されることなんかは、あたりまえのことやで」
「実は、先月の末にSNSでやり取りしていた男性とんとん拍子でオフ会することになって」
「んで? ウチとおんなしに待ちぼうけくらうたん?」
「いや、一応相手は待ち合わせの場所に来たんだけど」
「ちっ」
「舌打ちは良くないよ、キョウカ」
「ほんで?」
「ん。事前に写真は送っておいたんだけど、相手はアニメアイコンだから。まあ、それほど期待は、期待は――」
「してたんやなぁ」
「キョウカ、すっごくうれしそうだね」
「ほんで、どないやった? 相手は絶世のクリーチャーやったか?」
「なんか、河童に3歳くらいまで育てられたような、貧相な顔つきのオッサンだった」
「ぶひゃひゃひゃひゃ!」
「キョ、キョウカ――うぷっ」
「くっ。笑うなら笑えばいい。話もまったく弾まず、私も苦痛だった。目いっぱいオシャレして、現れたのが皿だけが妙に輝く50代後半の貧乏神っぽいオッサンだった時のショック加減を」
「にゃははははっ。ちょ、あんま笑わかすなや! リオン、リオンはウチを笑い殺したいんかーっ!」
「でも、もっとショックだったのは、しばらく言葉を交わしてるうちに、あ、この河童のおちんちんでもいいかな♡ って思いかけてる自分がいたことだ」
「――ッ! ――ッ!」
「ちょっと、キョウカ、笑い過ぎだよ。うるさくしすぎだよ」
「けど、悲劇はそれで終わらなかった。話がある程度進むと、その河童は『空飛ぶ讃岐うどんモンスター教』に入信を進めてきたことなんだ」
「な、なんやねんっ! その『空飛ぶ讃岐うどんモンスター教』ってのは! 聞いたことあらへんっ。腹の皮がよじれるーゥ! リオン、ウチを、ウチを殺さんといてっ!」
「ふっ、笑えよ。愛に飢えた孤独な私を」
「もういいよリオン。そんなに自分を責めなくでも、ね?」
「なぁーにが、ね、や。ハルカ、自分だけが無傷でこの会合を終わらせられると思うとったら大間違いやで! ウチは、知っとるんや。ハルカがとんでもない秘密をウチらに隠しとるってことを」
「ああ、国際ロマンス詐欺?」
「って、リオン知っとんたのかーい!」
「あは、あははっ」
「ま、ハルカはすぐ顔に出るからね。キョウカは鈍いから気づかなかっただけ」
「ね、ねえ。このお話もうやめない? それにお鍋も煮詰まっちゃうよ?」
「大丈夫やで。それを見越して豆腐しかまだ入れとらん。んで? リオン、そのハルカが嵌められた国際ロマンス詐欺ってのは、どんなやった?」
「まあ、ありがち。アンタみたいに、実に小まめなネット詐欺師と綿密なやりとりをした上で、日本に行く金がないだ、家族が病気になっただ、なんやかやでお金を引っ張られるやつ」
「でも、でもでもでも。本当に困ってたみたいなんだよ?」
「かぁ、情けな。そんで、いくらいかれたん?」
「3万円……」
「さあ、今夜は飲みますか!」
「同意」
「ええー。3万円は大金だよぉ」
「なあ、リオン。労力を考えたら詐欺師のほうが足が出とらんか?」
「本人はショックだったみたいだから、言わないであげて」
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