第33話 サプライズゲスト

「まあ、ええわ。ハルカも飲もか。にしても、どうしてこんなにええ女がそろとるのに、ここには男衆がひとりもおらへんのや」

「あ、だから今日はサプライズゲストを呼んであるって――」


「キョウカ、気にしないであげて」

「かまへんかまへん。今日はハルカの退院祝いや! そんで、無事新しいダンジョン配信アカウントも取れたし、朝までいったるで!」

「嘘じゃないのにー」


「お、誰か来たで」

「ハルカ、なにかアマゾン頼んだ?」


「もしや、夜のひとり寝を寂しなくなるための夜のアイテムか?」

「だーかーら、違うって。ええっ! キョウカ、もうこんなに空けてるの?」

「よっしゃ! ウチがハルカのお道具チェックしたるで!」

「夜に騒いではた迷惑」

「だったら、止めてよっ」


 ハルカが止める間もなく、かなりアルコールの入ったキョウカがダッシュで玄関に向かう。


 といっても、ハルカたちが飲み食いしている部屋からドアまで距離はない。リオンは新しいチューハイを開けながら、やや頬を染めて表情をゆるめている。


「おまっとさん! ハンコの代わりに拇印でもええか? つってもウチの特大ボインやけどな。あはは――は」


 宅配業者がてっきり若い女性だと思い込み、ニットのセーターをたくし上げていたキョウカが目の前の人物を目にして凍りつく。


「え、あ、いや。ここって、霜村ハルカさんの自宅で間違いない、ですよね?」

 そこには、ブライトネイビーのスーツを着込んで薔薇の花束を抱えた、ひとりの若い男性がはにかみながら立っていた。






「ちょっとキョウカ! なにやってるのよ! あ、リュウトさん。いらっしゃい! ごめんなさい、この子ちょっとおつむが足りなくて。さ、わたしの部屋狭くて恥ずかしいけど、奥に――」


 ――なにが起こっているのだろうか。


 しかし、キョウカは脳が認識するよりも早く凄まじい勢いでドアを閉めた。テーブルの前で片膝を突いていたリオンも目の前にモンスターを発見した時のような勢いで立ち上がり、素早くハルカの襟首をつかむと引っ張って後方に投げた。


「きゅんっ」

「あの、どうかしたかな?」

「や、いや。おほほほっ。ちょーっとばっかりお待ちいただけますか?」


 ずきゅん、と男の声が胸に突き刺さった。すでに500ミリの缶ビールを5本空けていたキョウカであったが、一瞬で酔いは覚めた。


 ほとんど、頭からバケツで冷水をぶっかけられたようなものだ。リオンと視線を合わせると、キョウカはハルカの首根っこをひっ捕まえて、壁際に押し込んだ。


「な、ななな、なんやねんっ。あの若いイケメン男子は! アレか? ハルカ、アンタが言ってたサプライズゲストっての言うんは、もしや、ウチらが知らないコネで獲得した、い、いいい、違法風俗サービスか!?」


 キョウカは舌をもつれさせながら、言った。男性が極めて希少な世界である。そんなこの国で、女性だけの内輪の、しかも小規模な飲み会に先ほどのような男性が姿を現すなど、まずありえない事件だ。


 となれば、まず、いま一瞬だけ目にした人物が、その手の風俗紳士であると考えるのが、確率的には高いだろう。


「いくら? 私はいくら払えばいい? 現金だよね? カードや電子決済はダメだよね? ごめん、初めてで勝手がわからなくて」


 リオンは混乱しながら財布から万札を残らず出している。若い男と聞いただけで、秘めたる煩悩が爆発するのは若い女性としては仕方のないことだった。


「ちょい落ち着き! アレが男装だとしても、クオリティはパッと見、相当高い。改造も施してるやもしれん。となると、相当値が張るやろ。ここは、ゆっくり考えて、コスパの良い、3人でもっとも効率的に愉しめるプレイ内容を考えてやな――」


「あのねえ、だからさっきから言ってるでしょ! あの人は坂崎リュウトさんって言って、わたしをダンジョンで助けてくれた人なの! 正真正銘の男の人です。今回はわたしたちで鍋パするって言ったら、わざわざ足を運んでくださったのに――」


「てか、それじゃほんまに男なんか!?」

「そう言ってるでしょ!」

「リュウトってハルカのイマジナリー彼氏やないんか?」

「違うわよ!」


「ちょ、待って。ということは、アレやで。いややわ。ウチ、第一印象最悪やんかァ」


 キョウカは膝をガクガクさせながらその場に座り込みそうになった。初対面で下着越しとはいえ胸を放り出すような女に好印象を覚える男がいるだろうか。いるはずがない。


「男の方がいらっしゃるって知っとったら、もっとちゃんとした服装にしとったのに! ハルカ、ウチを嵌めよったな! ウチはハメられたいのに!」


「なに言ってるの? 馬鹿じゃないの? いやいや、ちょっと待った。キョウカはまだマシじゃない? 私なんて、これ! 中学の時のジャージなんだけど!」


 リオンは部屋着にしている『さいたま五中』というロゴの入ったえんじ色の、クソださイモジャージを着ていた。伸びている。色もいい感じに褪せていた。リオンはジャージの裾を横に引っ張りながら、もはや泣きが入っていた。考えられる中、もっとも悪手と言える服装だろう。


「そんな、別にリュウトさんは細かいことで目くじら立てる人じゃないからだいじょうぶだよお」


 ハルカは頬に手を当てながらニコニコと笑っている。いるが、キョウカはその笑みに隠された意図を気づかぬほど愚かではなかった。



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