第18話 実際微妙な話

「夢は見ない性質なんだがな」

「あのねえ、竜斗。久々の姉弟水入らずの食事なんだから、もうちょっと朗らかな顔できないの?」


 夜が明けて――。


 起床した竜斗は20年ぶりに姉の一姫とホテルでの朝食をとっていた。余人を交えずに、こうして差し向かいで共に食卓を囲むのは、正確にはどのくらいぶりだろうか。ダンジョンに潜ってモンスターを討伐する探索者になったのが中学に上がったくらいの歳であるからとすると、一姫とふたりきりで食事をするのは本当に久しぶりであった。


「なによ、その顔は?」

「別に。元々俺ァこんな顔だよ」


「あのね。せっかく父さんと母さんがわたしたちを元気に産んでくれたんだから、ちょっとは感謝しなさいよ。だいたい、アンタの顔のつくりは悪くないんだから、もうちょっと愛想良くしなさいよ」


「へーい、わかったよ。あいかわらず姉ちゃんは口うるせえなあ」

「まったくアンタの減らず口はいまだに治らないのね。優斗の反抗期が終わったと思ったら、わたしはいつまで子育てすればいいのよ」


「ちょっと待った。姉ちゃん、その優斗ってのは誰だ?」

「誰って、わたしの息子に決まってるじゃない」


「えええええっ!」

「うるっさい。大の男がうろたえるんじゃないの」

「だ、だだだ、だってそんなん初耳? え、子供? ってことは姉ちゃん、まさか結婚してたんか?」


「あのねえ。わたしをなんだと思ってたのよ」

「絶対行き遅れると思って――あ、嘘です」


「結婚したのは、20年も昔の話。優斗ってのはわたしの長男で、アンタの甥っ子ってことになるわね。よ、叔父さん」


「オジ、俺がオジさん。ンな馬鹿な! 誰だ、この女を嫁にした命知らずは」

「その命知らずとあとで会わせてあげるから。とっととご飯食べなさい。アンタってば昔からくっちゃべってばっかで、ああ、もう、ほら。スープこぼれてるっ」

「話振ったのはそっちですよねえ!?」






「いよう、久しぶりだな。また、こうして会えるなんてよ」

「……」


 朝食を終えた後、竜斗は帝王ホテルの貴賓室でかつての仲間である弦間将監しょうげんと再会した。


 今年で38歳になる男盛りといった将監はダブルのスーツが良く似合う恰幅の良い体型であった。髪を短く刈り込み日本人にしては脚も腕も長い堂々たる体躯にダークネイビーが映える。竜斗はどことなく緊張して強張った表情にかつての少年だった将監の面影を感じて思わず椅子から立ち上がった。


「おまえ将監か? しばらく見ねえうちにふけたな、オイ」

「その物言い。間違いなくおまえは竜斗だな」


「姉ちゃんを嫁に貰ったんだってな。おまえ勇気あるな。ちゃんと優しくしてるか」

「無論だ。いまでも三日に一度は愛し合ってる」


「ごめん、自分で聞いてて気分が悪くなった」

「ねえ、わたしは怒っていいのかしら」

「殴ってから言わないでください」


 竜斗が一姫に殴られた頭を押さえていると扉が小さくノックされた。


「時間ね。悪いけど、わたし、これから会議と打ち合わせがあるから、あなた。竜斗のことをよろしくね。積もる話もたっぷりあるだろうし」


「そっちこそ」

「いいのよ。これからはいつでも会えるんだし。話はまた夜にでもね」

「ああ」


 一姫はわずかに表情をゆるめると将監の頬にキスをした。扉を開けて待っていた秘書のユリナが微笑ましいものを見る眼をしていた。竜斗はソファの横で四つん這いんになると悶絶していた。


「どうした?」

「いや、ちょっと軽いカルチャーショックを受けていた」

「言うな。おれも恥ずかしいんだよ。しないと、アイツが膨れるし」


「へえへえ、仲の良い夫婦でございますこと」

「だろ?」


 将監は窓際にゆくとキラキラ輝く朝日を一身に浴びながらどことなく照れ臭そうに笑っていた。竜斗は将監の横顔を見ながら、自分にはない大人の余裕を見せつけられた気分で小さく舌打ちした。

 



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