第27話 月見里サヤカの履歴書

 月見里サヤカは男性護衛官である。この男性護衛官を簡潔に説明するならば、いまや貴重種となった数少ない男性の身体・生命・財産を保護するために国家が新設した重要かつ女性からの人気度がもっとも高い職業である。


 建前上は軍に所属する形であるが、仕事としては警察官に近い。独自に、捜査権と逮捕権を持っており、担当の男性を守るために行った事柄に対しては、半ば超法規的措置ですら許される。


 男性護衛官は、その職に就くためには、知力・体力・精神力などを最高級のレベルで求められる一方、見返りは大きいとされた。


 まず、月給は初年度から最高級と言われる21号級の10級から始まり、60万を下ることはなく、次年度からほぼ10万ずつほど上乗せされ、ボーナスは年2回に必ず12か月分出るという破格さだ。


 もっとも、これは諸刃の剣と言える。実際に男性護衛官になれたとしても、ほとんどが「担当待ち」であり、万が一に担当に配属されたとしても、3カ月の内で馘首されるか、半年以内に退官するものがほとんどだ。


 というのも、男性護衛官は24時間、つかず離れず担当の男性と密着して生活するので、合わなければすぐにクビを言い渡され、そうでなければお手つきとして、事実上妻、若しくは愛人として余生を暮らすこととなるからだ。この場合、まず護衛官は妊娠している確率が非常に高い。愛を交歓したという事実は重く、基本的に男性はよほど相手に瑕疵がなければ関係を切ることができない。


 いまの部隊に配属されてわずか3年と少し。


 護衛官としての訓練はわずか5カ月程度である月見里サヤカはラッキーガールと軍でももてはやされたが、彼女はそれほど安穏として人生を送っていなかった。


 彼女の出自自体はそれほど悪くない。サヤカの実家は上州の古い神社であり、実母はそこのひとり娘であった。だが、実母は世界が魔王の最後っ屁とも言われる成年男性を集中的に死滅させる魔王ウイルスが蔓延る数年前に、海外からダンジョンを攻略に来た白人の男性探索者と恋に落ち、結果、駆け落ちのような体でハルカを身ごもった。


 サヤカが生まれ落ちた際に、その男はダンジョンの探索中に没していた。結果、名家である月見里の家には父親が誰ともわからぬ、混血児であるサヤカが残されることとなる。


 実母は、サヤカを産んだ後は、世紀の恋と駆け落ちなどまるでなかったかのように、すぐさま婿を取り、妹を産んだ。こちらは父親が日本人であったこともあり、サヤカのようなハーフの特徴などない混じりっけなしの大和撫子として生まれた。結果、サヤカは実母からも祖父母からも排斥されることとなる。


 神官として神社を守っていくには、サヤカではなくその妹がふさわしいというのが、親族一同の結論であり、サヤカの幼少期は惨めなものだった。


「ねえ、お母さん。わたし、展覧会で金賞取ったのよ」

「おばあちゃん、わたし、テストでまた100点取ったの」

「おじいちゃん、わたしピアノコンクールで入賞したの」

「ねえ、ねえ、ねえったら……」


 家族は徹底的にサヤカに対して無関心を貫いた。生まれつき、天真爛漫で明るかったサヤカの性格は鳴りを潜め、その容姿に似つかわしいビスクドールのように無機質なものへと変貌するのに時間はかからなかった。


 そのころになると、魔王の脅威は消え、月見里の巫女であるサヤカの妹は神託を受けたことにより、強力なスキルと魔術を会得しダンジョンに挑む探索者として地域に貢献することとなった。


 このサヤカから見て2歳下の妹は、間違いなく呪力に特化した将来有望な探索者として活躍しつつあった。その能力は13歳にして、すでにB級。探索者の数は日本全国で300万人を超えており、B級はわずか1万人足らずである。それだけでも充分過ぎるほど才能にあふれているといえよう。


 対して、サヤカはパッとしなかった。神殿では魔術の加護はなかったが、かろうじて得たスキルは凡庸なものであり、サヤカなりに努力したが3年かけてもD級を脱することはできなかった。いや、専門の探査者学校で教育を受けずに15歳でD級まで到達すること自体、充分に平均値を超えているが、両親や親族があきらかに妹より劣った姉を認めるはずがない。


 ――わたしは透明な存在。

 そんな彼女は実家に居にくく、中学を卒業した後は寮のある軍学校に進むのも当然であった。


 だが、皮肉にもサヤカの才は軍学校で開花した。ダンジョン内で使えるスキルも魔術も地上では発現しない。


 その代わり、地上に這い出た異世界のモンスターを討伐する主役こそ、国防軍の使命であった。我慢強く、勘所に優れ、智嚢のきらめきがあるサヤカは軍の教養課程を真綿が水を吸い込むように吸収し、特に銃器の扱いや対人格闘、隠密行動や索敵能力には目を見張るものがあり、その素養は特殊作戦部隊にふさわしいものであった。


 上官の指名を受けて厳しい訓練に耐え抜いたサヤカは、訓練終了後、ふたつの岐路に立った。このまま軍に残って、軍人としての道を歩むか、それとも女性としての幸せが選び取れる男性警護官の道をゆくか。


 サヤカは上官が自分に対して男性警護官の選択肢を提示した際に、わけがわからなかった。男性警護官は、軍においても皆から羨まれる職である。そもそも望んでも、上官の強い推薦と高難易度で知られる試験を突破しなければならない。


「あの、少佐殿。この男性警護官という職は、わたしには到底不向きでは」

 無骨で誰からも愛されたことのない自分が男性に侍り、生活を共にする。想像することさえ許されない夢の話でサヤカには現実感がなかった。


「大丈夫よ。だって、あなた、とってもかわいいもの」

「はぁ」


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