第08話 賭けに勝った男

 ケルベロスは竜斗の魔術によってその生を終わらせた。目の前にある巨大な氷の彫像はピキピキと張り裂けるような音を鳴らしながら全体に無数の亀裂が生じた。


 次の瞬間、ひと際巨大な炸裂音が鳴り響くと共にケルベロスは自壊した。細かな氷が霧となって大空洞に舞い落ちる。途端に、洞窟内の気温が急激に下がった。竜斗は毛皮の腰巻を履いているだけであったが、鍛え抜かれた上半身は微塵の寒さも感じず微動だにしない。


「ああ、涼しや」

 頭の上からカキ氷機に乗せられているようなものだ。降り落ちた無数の氷片をかぶって竜斗はたちまちのうちに真っ白になる。


「うー」

 水をかぶった犬がやるように竜斗は全身を激しく左右に震わせた。俗に言う「柴ドリル」というやつだ。あまりに竜斗が全身を激しく高速回転させるので残像がドリルの如く他者からは見えるだろう。


「あ、やべ。そういやハルカは大丈夫か?」

「きゅう」


 抱えていたハルカを見やる。どうやらこの激戦についていけなく気絶してしまったようだった。目を回しているのだろうか。竜斗がチョンチョン突いても起きる気配がまったくない。


 ―-いまなら、おっぱい触っても気づかないだろうか。


 戦闘中は気にならなかったが、こうしてお姫さま抱っこをしていると、腕の中で熱く息づいている存在がたまらない。特に、胸とかケツとか。


「ポチッとな」

「んっ」


 人差し指で、ハルカの尖がってそうなところを押した。当然、防御性を高めるために装備している厚手の布地の上であったが、ハルカが小さく反応した。

 う、竜斗は軽く股間にテントを張った。まだだ。まだ、寝る時間じゃない。おやすみはまだだよ。良い子も悪い子もおめめパッチリ朝までフィーバータイムだ。


「あ、いっけね。マジ失敗したなあ。てか、これ壊れたか」


 竜斗は自撮り棒の先端についていたスマホをいじくっていた。スマホの故障した理由は多々あったが、その最たるものは急激な気温の変化によるものだろう。竜斗が使用した氷魔術の余波をモロに受けたせいでスマホの繊細なパーツ部分が異常をきたしたのだ。強烈な寒冷地で電子機械の調子が落ちるのと同じようなことだ。


 竜斗はしばしスマホとにらめっこをしていたが、やがて興味を失くしていじくるのをやめた。


「ま、そのうち直るだろ。冷えただけだしな」

 電化製品からかなりの時間離れていたので、竜斗は現代人の宿病ともいうスマホ依存症ではなかった。

 事実、この後、スマホは機能を復帰した。


「さあ、どうするべえか」

 竜斗はハルカを小脇に抱えたまま深く己の思考に潜った。いまの竜斗からすればケルベロスなぞはどうということのないレベルの敵であるが、それでもハルカが言うようにこの場所が地上に近い上層階であるというのならば、脱出は近い。


「地上か」

 ほとんどあきらめていた。時間の観念が喪失するほどの間、竜斗が戦い続けていた理由には、必ず地上に戻って会いたい人々がいたからだ。それは、肉親であったり魔王を斃す際に別れてそれきりになった仲間たち。


 地の底である最下層からここまで戻れたのは、竜斗がどんな時にもあきらめるということをしなかったからだ。その願いがかなう。ついにだ。


 ふと、ひとりの少女の顔が竜斗の脳裏に浮かんだ。この決戦が終わったら、アイツに告白するんだ。そんなようなことを、竜斗は同年齢で仲の良かった悪友の弦間将監に言った気がする。死亡フラグだぜ、と将監は笑っていたが、そんなことはないと、いまなら確かに言えた。そして賭けをした。


 無論、竜斗は自分が生き残るほうにと。最後の決戦を前にしたティーンのくだらないじゃれ合いだったが、確率は死ぬほうが遥かに高かったのだ。


「へ、ばぁか。賭けは俺の勝ちじゃねえか。将監よう」


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