第25話 童貞勇者の同窓会

「竜斗。だから、わたしホテルでジッとしてろって言ったよね。アンタが勝手に部屋から出たおかげでとんだ大騒ぎじゃないの!」

「そんな青筋立てて怒らんでもええやねん。あだっ」


 ホテルに戻った竜斗は一姫からスリッパで頭を引っぱたかれて椅子から落ちた。竜斗は床の上をくるくると転がりながら後頭部を冷蔵庫で打って肛門から勢いよく放屁する。


 瞬間、一姫の顔が怒りで耳たぶまで真っ赤になる。


「ふ、ふざけてないよ姉ちゃん」

「愚弄してる!」


 相変わらず怒りっぽいのは変わらないな――と竜斗は思った。

「ま、まあまあ」

「頼明もかばわなくていいわよ。竜斗は一度赦すと際限なく調子に乗るんだから」


 竜斗と一姫の間に立ったのは、先ほどホテルに到着した救世主パーティーのメンバーである元重戦士の佐竹頼明である。


 別名「優しいクマさん」と異名を取るこの男はとにかくデカい。

 身長220センチ、体重180キロの愛すべき巨漢は特注サイズのダークスーツに身を包み、壁のように佇立して両者を隔てている。竜斗は頼明の壁のような肉塊に隠れると一姫を挑発した。


「アンタねえ。お姉ちゃんにもう一発殴られないとわかんないの?」

「暴力反対!」

「がるうっ」

「ひいっ。獣に襲われるう」

「ははは」

「アンタが笑うな!」


 一姫は傍らで笑う将監を怒鳴りつける。女房にまったく頭の上がらない将監は、あからさまに怯えを見せてなだめにかかる。


「だははっ」

 竜斗はそんなふたりのやり取りを見ながら相好を崩した。


「なにがおかしいのよ」

「いや、こういうのは昔と変わんねーなって思ってさ」

「竜斗」


 一姫がどこか泣きそうな目で竜斗をジッと見た。将監も頼明も過去を思い出しているのか、どこか遠い目をした。

「ま、姉ちゃんたちはバッチリ歳食っちまってたけどなっ!」

「とりあえずもういっぺん殴っとくね」

「叩いてから言うなっ!」


「ったく、誰のせいで話が脱線したと思ってるのよ。夕食が遅れたじゃない」

「ぜんぶアンタのせいですよね!」


 ホテルの貴賓室で久方ぶりに救世主パーティーの4人が顔を合わせて食事を共にした。


 竜斗のを除く3人はいまや、それぞれが与党における重要な役を務める政治家だ。


 ――こいつらが全員政治家ねぇ。

 3人が忙しい身の上ながら、竜斗の為に貴重な時間を空けて機会を作ってくれたことは理解している。それについては――。


 感謝しかない。

 近況報告や、この20年間の隙間を埋めるようにダイジェストであるがそれぞれの歴史を語ってくれたことで竜斗は皆の優しさが変わっていないことに安堵していた。


「そっか、おまえらみんないまじゃ政治家になったのか」

「竜斗」


 一姫が弟の心情を思いやって感傷的な目をする。

「まったくもって似合わねーけどなっ。うははっ」

「あのね」

「落ち着け一姫。こいつはわざとからかってるんだ」


「そういや、姉ちゃん。俺が助けたハルカって子は平気だったのかよ。いまも入院してるんだろ?」

「ああ、あの子なら――」


 貴賓室の扉の前で静かに立っていた一姫の秘書である月影ユリナが音も立てずに近づいてきた。ユリナはこしょこしょと一姫に耳打ちすると、再び元の場所に戻ってゆく。


 その際に、竜斗と目が合うと、ユリナはわずかに目配せを送ってきた。一姫は自分の秘書の行動を見てわずかにギョッとした表情になるが、特に追及などはしてこなかった。


「うん、入るように言って」

 ユリナがそっと扉を開ける。そこには、ダンジョンで別れたはずの霜村ハルカが驚きの表情で立っていた。


「一姫さん? あ、将監おじさんに、頼明おじさん。あ――! リュウトさんじゃないですか! なんで、ここに――?」


 ハルカはネイビーのスーツを着込んでいるが、普段気慣れていない感が満載だ。パット見でも就活生にしか見えないハルカはたかたかとすべるように寄ってくると、竜斗の両手を握って頬を紅潮させた。


「こんなところで会えるなんて――! あ、リュウトさんはお怪我はなかったですか。わたし、ついさっき退院したところなんですよ! あ、でもでも。ほら、へいちゃらですよう。げんき、げんき!」


「ハルカ――ハルカちゃん? 舞い上がっているところ悪いけど、おばさんに状況を説明させてもらえないかしら」


「え、えええっ。ああ、すいません、すいませんっ。わたしったら、場所柄もわきまえずに、ごめんなさい」


「は、はは。頼明、こんなふうにハルカちゃんが興奮してるとこなんて、ほとんど見たことないよな」


 将監の言葉に頼明はドングリのような瞳に優しさを湛えて静かにうなずいた。

「姉ちゃん、これは一体どーゆーことよ?」


「ん。かいつまんで説明するとわたしと将監はハルカの里親なの。彼女は国立の探索者学校に入学するまでうちで養育していたわ。つまりは娘みたいなもの。アンタからすれば関係性は、うーん、そうね。妹みたいなものね」

「リュウトさんが、わたしのお兄ちゃん」


 ハルカは目をキラキラさせながら竜斗を見つめている。

「これからはリュウトお兄ちゃんって呼んでいいですか?」

「いや、それは拒否だな」

「なんで!」


「ズバリ俺のキャラじゃないからな」

「す」

「す?」

「すてき! スパッと断れるリュウトさんもすてきです!」


「そら、どうも」

「あのう、本当にちょっとだけわたしの話を聞いてもらえないかなー。なんて」



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