第30話 チャーハン回
――女といっしょに暮せと言われた時はびっくりしたが、ま、彼女とならなんとかやってけそうだな。
「にしても、ついに俺もひとり暮らしかぁ。なんか感慨深いな。サヤカはどこに住んでたんだ?」
「わたしは軍に入隊してからずっと官舎暮らしです。警護官に選ばれてからは、寮に住んでおりました」
「そっかー。俺、ひとり暮らしたことないからさー。あ、これジョークじゃないぜ? ダンジョンで自活してたのは、ちょっと違うと思うし。そういや、ここって3LDKのほかにもゴチャゴチャなんやらついてるんだろ? 高級なのはいいけど、広すぎるよな。掃除するの大変そうだ」
「掃除や食事はすべてわたしにおまかせください。リュウトさまは、この場所でくつろぐぎお身体を休めることが目的でございます」
「おお! 良かったぁ。毎日コンビニ弁当や外食じゃあちょっと飽きちゃうもんな。サヤカは料理できるんか? 俺も焼いたり煮たり皮を剥いたりくらいはできるから、なんかあったら遠慮なく言ってくれよな」
「そのようなお気遣いはご無用です。ただ、その優しいお心はわたしの胸に届いております」
「そっかあ。サヤカはなんでもできるんだな。ここって40階だっけ?」
「いえ、44階の最上階ですセキュリティーはオートロックで防犯カメラ付き。なにかありましたら、もよりの警察署から3分で警官が駆けつけます。共有部には通販専用の宅配ボックスや、ゲストルーム、ラウンジルーム、シアタールーム、スポーツジム、図書館や各種クリニック、コンビニや小型ホームセンター、100円ショップなどもありリュウトさまは望むのであればこのマンションを出ることなく、快適に生活ができるようになっております」
「ふええ。なんかすごすぎて。俺、家賃払えるのかなあ。どんくらいするのかな? 月7万とか?」
竜斗の貨幣価値や観念は高校生くらいの時からほぼ更新しておらず、その発言を聞いたサヤカはかわいらしい子供を見るような目でわずかに口角を上げた。
「ここの賃料は比較的安いですよ。月、わずか152万5千円ほどです」
「ひゃ、ひゃくごじゅうにっ!? 嘘だろ? 国家予算並みじゃねえかっ。新しく国が買えちまうぞっ!」
「リュウトさま、お可愛らしい」
「しかし、そんな金一体どこから湧いて出てるんだ? もしかして姉ちゃんが……でも、それじゃあ将監とここだけの払いで夜逃げしなきゃあならねえんじゃ」
「リュウトさまの生活にかかる資金に関してはご心配されることはありません。すべて政府が支払うことになっておりますので」
「マジかよ。やるな、政府……! でも、なんでそんな気前の良いことをしてくれんだ?」
竜斗が驚いたように言うとサヤカは傷ましい眼をした。
「なにを言っておられるのですか、リュウトさま。この国も世界も、あなたが魔王を討ったことによって永らえたのですよ? この程度は当然を通り越してまるでリュウトさまの功績に見合うようなものではありません……! 本来、リュウトさまがこの国で欲して得られないものはひとつとしてない! それほどの功績があなたにはあるのですよ!」
「わ、わかった。わかったよ。ストップ。ストーップ! わかったから、サヤカ。一旦、落ち着こう。な、夜も遅いし」
「わ、わかったくださればいいのですよ。わかってくだされば……!」
――マジかよ。ただの軍人風クール系美女かと思ったが、実は魂の奥底に熱いものを秘めてるんだな。惚れたぜ!
サヤカが肩を上下させて息を荒くしている。極度の興奮状態に陥ったせいか、碧の瞳が強い陽光を浴びた湖面のようにキラキラと輝いている。ソファにのけ反っていた竜斗が水の入ったグラスを渡すとサヤカはごくごくと喉を鳴らして、ひと息に飲み干した。整えていた髪がわずかに乱れている。
サヤカが耳元にかかった髪を指先で払う仕草が妙にセクシーで竜斗はごくりと生唾を呑んだ。アドレナリンが分泌しているのかサヤカから放たれるフェロモンが濃さを増した。甘ったるい若い女独特の体臭を鼻先で嗅がされて竜斗の下腹は不意に熱を帯びて、毛足の長い絨毯に乗せていた足裏に汗がわずかに湧いた。
「す、すみません。つい、我を失ってしまいました」
「まあ、いいって。時には感情を爆発させることも精神衛生上いいんじゃね?」
不意に、ぐうっと竜斗の腹が鳴った。つい先ほどホテルでしこたま夕食を平らげたというのに、すでに空腹を覚えている。サヤカはいつものように無表情に近かったが、わずかに雰囲気が和らいだような気がした。
「ワリィ。俺ってば燃費が悪くてさ」
「簡単なものをすぐに用意します。ちなみにリクエストはございますか?」
「チャーハン」
まるで軽くはないがサヤカは美しくお辞儀をすると「しばらくお待ちください」と言って、厨房に移動してゆく。竜斗はしばらくボケーッと待っていたが、3分ともたずにサヤカが消えていった方向に歩いてゆく。
「おお」
そこには白いエプロンをつけて厨房で材料を並べていたサヤカがいた。
「すぐ、できますから」
「ここで見学していいか」
「物好きですね。面白いことなどなにもありませんよ」
サヤカは中華鍋を煙が出るまで充分に熱すると適量の油を入れた。それから中華お玉を取り出すと背中の部分で油を鍋の中に行き渡らせ、卵を投入。サヤカは慣れた手つきで卵を鍋に広げて、よく熱すると続けてご飯を投じた。卵とご飯がよくなじむように、サヤカは中華お玉で攪拌すると、塩コショウを振った。
「おおっ」
彼女の手際の良さに龍斗が声を上げる。
サヤカは鍋を大きく振ってご飯を宙に投げた。どうやら厨房は特注で火力も家庭用をはるかに超えた強いものだ。空中に投げられた、ご飯が炎に炙られ余計な水分が飛んでゆく。竜斗はかつて漫画でそんなことが書いてあったのを思い出した。が、実際やれるかというと、まず不可能だ。
「いい匂いがする」
わずかに振り返ったサヤカが口角を上げた。それから鍋にチャーシューとエビを入れて適度に熱する。
細かく切った青ネギがぱらりと振りかけられる。それからサヤカは鍋肌に円を描くように醬油を振った。
ジューッという音が竜斗の腹を刺激する。醤油の焦げる匂いと、各素材の醸し出す味わいは口に入れずとも想像は着く。こいつは絶対に旨いやつだ。
「さあ、お運びしますから」
――女性の手料理ってのはいいもんだな。
竜斗は昭和の欠食児童のシンボルのように両手でフォークとスプーンを持って特性チャーハンが来るのを待ちわびた。
「がるるるっ」
「はい、お待たせいたしました」
竜斗はサヤカの作ったチャーハンを片っ端から掻き込み、1升焚いた米をあっという間に平らげてしまった。
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