第37話 牙を研ぐ回

「なぁ、なんでおらへんの」

「いや、リュウトさんのことかな? それはあの後すぐ帰ったよ。うーんと男性警護官の月見里さんて人と。あ、すっごい美人さんだったよ! あ、キョウカとおんなしくらいの!」


「あほ。そこはお世辞でもキョウカさんのほうが美人やね! っていうんや。そかそか。リュウトさんは、その月見里ってのにすでにぱっくんちょされてまったんやな。うう」


「あー、もう、そんなことないと思うよ? あはは。キョウカは美人さんなんだから自信持ちなよ。――え、マジ泣き」


「う、ううううっ」

「朝からうるさい」

「いだっ、なにしてくれとんねん!」


「うっさい。こっちは飲み過ぎてお肌のコンディションが悪い」

「ああ、もう、こいつ嫌や。なあ、ハルカぁ、ウチ、マジで苦しいねん。リュウトさんのことを思うと、ここ。ここがズキズキしよんねん」


「心筋梗塞か?」

「ちゃうわ! 恋! これが真実の恋ってやつや!」

「ただの性欲だろ」

「リオン、そんな身も蓋もないことを」


「うっさいねん、おまえは。ああ、なんで昨日は千載一遇のチャンスやねんのに、スコーンと決められんかったんやあ。あほあほ。ウチはあほの子や」

「それは知ってる」

「もう、ふたりとも不毛な言い争いはやめてよ。だいたい、ピッチ上げすぎて飲み過ぎだよ。リュウトさんも交えて探索のお話もしたかったのに」

「探索?」


「なにそれ。美味いの?」

「あの、ふたりとも。わたしたちは一応本業が探索者だよね。忘れないで」

「うう、あかん。ウチ、もうリュウトさんに会いとうなってきたわ。ハルカ、リュウトさんのおうちの場所知っとるやろ。教え」


「いやいやいや。まだ、朝の5時だよ。迷惑千万極まりないよ」

「うっさいなあ。ウチはリュウトさんと早く会って、いっぱ……もといいっぱいチューしたいねん」


「いや、いまメチャクチャ不穏な言葉吐いてたよね。一発って言おうとしてたよね。なに、かわいらしいワードに無理やり変換しようとしてるのかな」


「そう、ハルカ。こいつは危険すぎるから、リュウトさんの個人情報を漏らしてはいけない。よくてストーカー、悪くて拉致監禁、最悪分解して富士五湖に各パーツを沈めるまである」


「リオンはグロホラーの見過ぎや。ウチはリュウトさんに会いたいだけや。ハルカならわかってくれるやろ」

「だが断ります」

「なんでやっ」

「いや、教えないだろう普通に」


「あのね。だいたい、リュウトさんとわたしは運命の出会いを果たしたパートナーなんだよ。昨日紹介したのは、長いつき合いになるからと思って、ほら、普通彼ぴは友だちに紹介するでしょ」

「いや、ぜんぜんそんな感じじゃあらへんかったやろ」


「ヤバい、ハルカはこういう子だった。思い込みが強すぎる子だった」

「なんだよー」

「いや、ハルカは自覚してほしい」


「あ、そうだ! リュウトさんが条件付きでわたしたちパーティーに入ってくれることになったよ!」

「なんやと!」

「でかした! ……で、どんな条件?」


「えっと、今月中にわたしがE級からD級の探索者に昇格するって条件」


 キョウカとリオンは素早くその場を立つと無言で着替え出した。キョウカはスポーツブラにレギンス、リオンは安定の芋ジャーだ。


「ふたりともなにを――」

「なにをグズグズしとるんや! さっさと着替え! ロードワークや!」


「探索者は身体が資本。これから走って脂肪を燃焼して、戦うための身体づくりを行う」


「いつもそんなのやってないよね。キョウカは実戦がトレーニングだって前に言ってなかった?」


「アホなこと言わんとき。ウチは燃えてきたで。ハルカ、アンタをいまから徹底的に鍛え上げて、次にリュウトさんに会うまでに完全な戦闘マシーンにしたる!」

「泣いたり笑ったりできなくする」


「こ、怖いよ。落ち着こう?」

「まずは、ランニング20キロや! 多摩川まで走るで!」

「えええ! ホントに?」



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