第10話 美女がたくさんこれは夢

 気を失ったままの人間を抱えてダンジョンを移動するのは社会的常識から考えて非常に危険を伴う行動と言えよう。


「少し休むか」

 竜斗はハルカを抱えて大空洞を突っ切ると、見通しの良い場所でしばらく休むために簡易的な寝床を作った。


 とはいっても、ザックから取り出した毛布はひとり分しかない。直に地面の上に寝転べば体温を奪われ調子を崩すことに繋がる。竜斗は毛布の上にハルカを横たえると自分はその場に座り込んだ。


「にしても」

 

 改めて確認するが、ハルカは美しかった。目を閉じているので、目蓋は伏せられているがまつ毛が驚くほど長い。唇は、薄く、ぷっくりと桜色で、顎の形はシャープである。土や埃で多少の汚れはあるが、肌は雪のように白い。よく見ると、右の眉の下に気づくか気づかない程度の黒子がひとつある。起きている時は、子供のようにくるくると表情がよく変わり、明るい女の子であった。思えば、学生時代を通じて、ダンジョンに落ちるまで、こういった正統派美少女の知り合いはいなかった。


 ―-リンカは性格に難有りだったからな。


 唯一、竜斗が知っていると言えるリンカは美少女であったが、性格に極端な凹凸があった。人に対する好き嫌いが激しく、仲良くなればこれほど情が篤いのかと思わせるほど献身的であったが、知らない相手にはとことん冷たかった。


 そう言った意味で竜斗がわずかな時間で感じたハルカの性格は、明るく、わかりやすく、誰にでも好かれそうな、いわゆるスタンダードなクラスにおける一軍女子といったところだろうか。


「尻が冷てぇ」

 灯火と暖を取るために魔術で火を熾した。ダンジョン内にはいろんなものが落ちている。階層やエリアによっては強烈な光を放つ苔などが自生しており、独特の草木が育っているのだ。拾い集めた枯れ木や乾燥した苔はそれなりに良く燃える。


 ダンジョン内は基本的に気温は一定であるが、場所によっては風が入り込むのか酷く冷える。竜斗の上半身は裸であるが、長らくの地底生活で慣れ切ってしまったせいか常人に比べて耐性は強かった。


 くんくんと鼻を鳴らす。勘であるが、おそらく自分はかつてないほど地上に近い場所に在る。闇に長く居ると時間の観念が崩壊する。竜斗にとっては一瞬のことでも、実際は数時間が経過していたのだろうか。通路のはるか彼方。闇の向こう側から多数の足音が近づいて来る。竜斗は岩肌に背を預けながらぴくぴくと耳を動かした。


 ――17、18、19。


「いや21人か。馬鹿に多いな」

 一応は気配や足音を消そうと特別なスキルを行使しているようであるが、コウモリ並みに空間の乱れで動きを察知できるようになった竜斗からすればすべて筒抜けだった。


「ずいぶん、拙い」

 ハルカが探索者ならば、戻らぬことを察知した仲間が救助に来たと考えるのが自然だろう。


「ん、なんだ?」

 前触れなしに、ブブッと電子音が鳴って地面に置いてあったスマホが動いた。スマホの揺れは規則正しく、断続的に起こっている。


「わ、わ、え、えと、なんだっけっか、これ」

 竜斗は拾い上げたスマホを適当にいじったが止め方がわからず激しく困惑した。異常に長い地底生活が、彼から現代人にはあるあたりまえの電子機器操作の勘所を奪っていたのだ。初めて最先端の端末を目にした超高齢の年寄りのように竜斗はスマホを持て余していた。


「止まった」

 この時、ハルカのスマホは電話の着信音を知らせていたのだ。画面を見ていれば竜斗も気づけたのだろうが、即座に伏せられたスマホの発信者の名前は確認されることはなかった。


 竜斗が移動したことで携帯は通話領域に到達したのだ。ダンジョン内は各場所に設置された強力な中継基地による電波でネットは繋がりやすいが、なぜか電話に関しては強力なジャミングを受けていた。これは開戦当初、魔王と戦った異世界の救世主である大賢者シリウスが好んで電話を使用したことによる弊害とされているが理論的には解明されていなかった。


「うーん、わからん。こりゃハルカが起きたら直接聞いたほうが早いか」

 竜斗は剣を鞘ごと肩にかついだまま立ち上がった。足音の乱れや近づく人間の心拍数からわかることは、相手は間違いなく自分に好意的ではない。ハルカを起こしておいたほうが説明しやすいと思ったが、血が上っている状態ではこちらの話など聞く気はないだろう。


 とにかくも、対話をするにはまず最初にガツンと一発やっておく。舐められた状態では一方的に蹂躙されて終わりだ。竜斗は実体験からそれを知っていた。


「さあ、鬼が出るか蛇が出るか」

 この先はわずかに開けている。4人ほどが並んで打ちかかれる広さだ。竜斗がのそりのそりと前に出ると、不意に甘いような匂いが鼻先を漂った。


「止まって。それから武器を捨てて」

 一方的な言い分だ。修羅の世界で生きてきた竜斗はいつもならば吞むはずのない条件を突きつけてきた。剣を振るって魔術を行使せよ。相手は油断していないが実力的に相手にすらならない。が――。


「はあい」

 竜斗は腑抜けた声を出して手にした剣を放って万歳した。満面の笑み。なぜなら、強烈な殺気を放って目の前に現れたハルカを救出するために現れた面々は、ひとりとて例外なく竜斗の目が眩むような美女ばかりであったからだ。


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