第23話 復活のハルカ
「だはっ」
変な声と共に霜村ハルカは唐突に目覚めた。ここはどこだ。探索者の本能からか、反射的に身を起こそうとして、全身が固まった。
「うぐっ」
乙女らしからぬ声が出た。ふくらはぎが攣ったのだ。強烈な痛みに、一瞬、目が醒めなければ良かったなどと愚にもないことを思う。次第に、自分の居場所が洞窟ではなく地上の一室であることに気づき安堵した。周囲からは、人の気配や話し声が聞こえる。
(ここ、病院?)
長時間意識を失っていたようで喉がイガイガした。身体はずいぶんと楽だ。おそらく、ダンジョンから救出された際に、装備はすべて取り外されて着替えさせられたのだろう。袖口のシャリシャリした無味乾燥な病院着だ。バチバチと目の前が真っ白になって直前の記憶が蘇る。ああ、そうだ。自分はダンジョンで王子さまに出会ったのだ。名前は確かリュウトといったか。若く精悍な男だった。触れれば爆発しそうなエネルギーを持つ独特の強い存在感があった。
(そうだ、ケルベロス。わたし、リュウトさんに助けられて、それから)
「なんや! ハルカ、気がついてたんか! はよ言えや!」
「うるさいキョウカ。まわりの人に迷惑」
間仕切りの白いカーテンを開けてふたりの女性が姿を現した。
「リオン、キョウカ。生きていたんだね」
「って、おおい! ウチら無事やっちゅーねん。おまえこそ大事ないか?」
「ハルカ、私たちはあのあとすぐにほかの探索者パーティーと出会って助かった。あなたも大きな怪我がなくて良かった」
関西弁の長身美女は久遠寺キョウカ。和風前髪パッツンは七海リオン。ふたりともハルカとパーティーを組んでダンジョン配信を行っていた友達である。キョウカは172センチの長身でリオンは153センチと小柄である。ハルカはベッドからを上半身を起こすと、仲間たちとの再会に安堵の笑みを浮かべた。
「うん、わたしも運が良かったの、かな?」
「すまんな、ハルカ。ウチがついていながら。でも、こうしてまた生きて合流できるなんて神の思し召しや。毎朝、仏壇のご先祖ちゃん拝んどいて良かったわあ」
キョウカはパンパンと両手を打ってハルカを拝んだ。
リオンが醒めた目で呟く。
「神と仏をごっちゃにするな」
「なんやねん、おまえはさっきから、チクチクチクチクうるっさいな。ウチが感動の再会を噛み締めとるのに。リオンはうれしないんか」
キョウカはハルカの顔に自分の頬をぐりぐりとこすりつけている。
「キョウカ、わかったから。くすぐったいよ」
「うれしないんか、このこけしー。ほら、ウチみたいにストレートに感情表現したらどないやねん」
「……」
「あだだだっ。無言で髪の毛引っ張るな。ウチのチャームポイントであるポニテちゃんが取れてまうやろ!」
「取ってやる」
「あの、だからふたりとも、ここ病室だから静かに。ね?」
「お帰りはあちら」
リオンが出口を指差す。
「いま、来たとこやっちゅうねん。あ! それよか一大事や! ウチらのアカウントBANされてもうた! なんでやろな!?」
3人はダンジョンで攻略を行うシーンを配信で流し、それから得ることのできる報酬を分け合い地道に生きてきた。アカウントが抹消されるのは普通に考えて致命的であったが、キョウカはあまり深刻に考えていないようだった。
「歩く猥褻物が映り込んだせい」
「あのな、リオン。おまえ、ウチのこと舐めてるやろ。いっぺん、キャン言わさなあかんか? おう?」
「キョウカは探索者の癖に肌の露出しすぎ」
「う!」
リオンが言うようにキョウカは普段から外出する際には極端に肌が露出する服装を好んで着用していた。特に、自慢であろう巨乳を強調できるような服装を好んで行っている。それも明確に下品すぎないギリギリを攻めていた。
「第一、メインはハルカで私たちはあくまでスタッフのはず」
「ええやんか! ウチらの配信、もしかしたらどっかの男子が見てるやもしれへんやんけ。そんときやで。もしも、チラリとウチのダイナマイトボディが映ってたら、そっから交際とか、合体とか、受精とか、結婚とか始まってしまうかもしれんやろが」
キョウカは長身をくねくねさせながら、艶っぽい声で喘いで見せた。
「あるはずない」
「さすがに妄想が酷いよ」
「ひどっ? 能面こけしだけじゃなくて、ココロの友であるハルカもひどっ! ええやんけ、ちょこっとだけでも夢見させてぇな」
「キョウカ。ここの男性医師を狙っているなら、それは不可能。探索者協会の直営の病院で勤務する医師は全員女性。ほとんどの男性医師は国営の研究所にしか存在しないので、一般の人間が出会う確率は皆無」
「ちっ。わずかな可能性ってのもウチをきろうとるんやな」
キョウカが鋭く舌打ちしながらボソッと呟いた。こういったシチュエーションで出会いを求める気持ちは理解できるのでハルカは突っ込まなかった。リオンはベッド脇の椅子に腰かけると、見舞いの菓子折りが入った袋を置いてハルカを真っ直ぐ見た。
「ハルカ。私も、配信を途切れ途切れで見てたけど、ミノタウロスとケルベロスからどうやって助かったの? それだけがどうしてもわからなかった。やっぱり協会の救助隊が間に合ったの?」
「う、ううん。違うよ。あの、ちょっと信じられないかもしれないけど、聞いてくれるかな」
「うん、話して」
「よっしゃ、聞いたろ」
「あのね、わたし、ダンジョンの中で王子さまに出会ったの」
「はい解散やで」
「おつかれしたっ」
二人は素早い動きで出口の扉にまで移動し「じゃ」とばかりに片手を上げた。
「ちょっとおおおっ。これ、本当の話だってばあ! わたしは、ダンジョンで男の探索者のヒトに助けてもらったんだからあ!」
「ハルカ、あなた疲れてるのよ」
「はは、ハルカもコテコテのギャク飛ばすようになったんか。おもろいやんけ。でも、いまいちやな。せいぜい30点や。それ以上はやれへん。だいたい、そんなギリギリのピンチで男さまが助けてくれるなんて、きょうび使い古したドラマの筋でもありえへんやんか。そんなん、放送してたらウチ、テレビ局に抗議の電話かけまくっとるわ」
「だから、本当だって」
「ねえ、ハルカ。別に私たちだって疑いたいわけじゃない。けど、王子さまだもんっ。なんて、ヤク決めたような目で言われても。ねえ?」
「こればっかりはコケシちゃんに同意や。ほら、それよりも協会からハルカの荷物預かってきたで。ひのふのみ、と」
キョウカがスマホをほいと手渡すとハルカはパッと表情を明るくした。
「あ、そうだ! 携帯! スマホにリュウトさんの写真とか、映ってるかも!」
「リュウトさん?」
リオンが聞き覚えのない名前に大きな瞳をパチパチさせた。
「はぁ、ハルカちんもお子さまやなあ。ひとり寝が寂しいって、そんな作り込みの甘いイマジナリー彼ぴっぴの話をせんでもええて。イマジナリー彼ぴっぴなんてこさえとるのは心の病やで。ちなみに、昨日でウチはイマジナリーご主人様さま❤️の13人目の子を受胎したばっかやねん。お祝いはずんでや」
「アンタも充分ビョーキ」
「ふ、ふんだっ。とにかく、確認すればすぐに――えええっ! なにこれっ!」
「どうしたの? ふぁッ!」
「なんやね――うわ! エゲツう。なにこのラインの通知の数。999+て。カンストやんけ」
「ね、ねえ。リオン、キョウカ。なんか、知らない人からいっぱい通知が来てるよ!」
「変なウイルスに感染したとか」
「ふぅーん。げ。どいつもこいつも女ばっか。しっかも、めっちゃドギツいエロ自撮りをここまで堂々と送りつけてくるやなんて。見てみぃ。こいつの乳輪、ほとんど急須のフタやんか。ウチ気色わるぅて夕メシ食われへんやん。ハルカ、あんた謎のレズ軍団に狙われとるみたいやな。ご愁傷さまやで」
キョウカはハンカチをフリフリ遠ざかる真似をした。
「知らないよー。この人たち、こわっ」
「ブロックすれば?」
「とりあえず通知は切っとき」
「うん、気味悪いからそうするね」
ハルカは理解していなかった。
これはハルカのスマホを拾った竜斗が探索者の救助隊とラインを交換したことによって起こった悲劇であったのは言うまでもない。
「で、そのリュウトさんてのはおるんか」
「う、ううん。動画が残ってると思ったんだけどなあ。なんか、消えてる」
「でも、配信の途中で男性の声が入っていたってネットでは噂になってた」
「眉唾やろ。そんなん」
「ううん」
ハルカも自分の記憶が確かであったが自信がなくなったのか、片手で額を押さえて考え込んでしまう。
「ま、ハルカもそない思いつめんと。そのうちいいことあるで、きっと!」
「ハルカ、どこも異常がなければ今日中に退院できるんでしょう。配信のことも含めてさ。近いうちに作戦会議も兼ねて、宅呑みしよ」
「お、そらええな。久しぶりやで。キョウカさんの手料理振舞ったる」
「う、うん。なんか一部納得できないけど、ありがと、ふたりとも」
「ウチらの友情は不滅やで!」
ハルカがふたりの励ましと友情に目頭を熱くさせていると、不意にスマホがぶるるっと震えて着信を知らせた。一瞬ためらったが、キョウカとリオンが手まねで電話に出ろとGOサインを出したので、ハルカはためらないながらスマホを耳に当てた。
「もしもし、霜村ですけど――」
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