第21話 AV でありがちな路地裏
アカリは男を人気のまったくない路地裏で待たせると、すぐ近くの衣料品店でパーカーを購入すると戻って来た。
(あ、まだいる。良かった。いるぅ、男さまが、まだ、ここにいるのお。私のゆめまぼろしじゃなかったんだぁ)
「あの、これ着てください。レディースだけどXLのゆったりサイズだから着れると思いますけど」
「ああ、なんだ。わざわざ買ってきてくれたんだ。あんがとな。助かるよ」
「い、いえ、別に。えへへ」
男は白く丈夫そうな歯を見せてニカッと笑った。片目をつむるのは癖なのだろうか、なんとも言えない素直さとすがすがしさがあった。アカリは胸を撃ち抜かれたようにだらしなく笑ってしまう。自然に媚びてしまうのだ。
(きゅううん。なに、なにっ。なんかカワイイ。ああ、なにこの気持ち。頭の中がぐちゃぐちゃになるう。幾つくらいなんだろう。まだ、10代だよね。私よりも、どう見ても年下――だよね?)
それからアカリはいまのシチュエーションに気づいて頬を急激に紅潮させた。この誰もいない路地裏に男性とふたりきりという状況は、昨晩アカリが視聴したアダルト動画に良くある光景なのだ。
魔王アポカリプス以後に、男性が激減して女優ばかりが激増した結果、男優がいなくなりAV業界はほぼ消滅状態に陥った。
なので、男性目当てにAVを視聴する健康な女性からしてみれば、この人気のない路地裏とは胸が熱くなる以外に方法がない理想郷のひとつである。
(き、昨日見た動画でもなんか尺の都合かわからんが、女優が男優のアレを、実に自然な動作でアレしてたような……! ぱ、ぱくっとな。じゅるり。ば、ばかっ。なに考えてるの、私ったら!)
「あの、そのお、ボロンはありますか……?」
「よくわからんが? あ、すまない、いまは手持ちの金がなくて。さっきのラーメン屋でぜんぶ使っちまったんだ。たはは。ああ、そうだ。なんだかよくわからんが、アンタに助けられちまったようだ。俺は坂崎竜斗だ」
「へ? あ、あああ、はい。リュウトさんですねっ。わ、わわ、私は佐山アカリと言いますっ。22歳、独身ですっ。旦那も彼氏も子供も当然いませんっ!」
「お、おお。そうなの? アンタみたいに美人なのに彼氏もいないなんて、世の中目開きの盲人ばかりだな!」
(そうなんですっ。でも、リュウトさまが私を見つけてくれました。アカリは、もうひとりじゃありませんっ。あ、ありがとうです神さまぁ。神さまはちゃーんとお空にいてアカリのことを見守ってくださっていたのですね、南無南無。今日はカミサマが私にいい子ちゃんでいたボーナスをくだすったのですね)
「――なんかわからんが、助けてくれた礼とパーカーの代金も返したいんだが、この状況じゃどっかでゆっくりってわけにもいかなさそうだな」
「なぜっ!?」
アカリはよほど切羽詰まった顔をしていたのだろうか、竜斗がかなり引いた顔をしていたのに気づき、恥辱で耳まで赤くなった。
(ばかばかばかっ。なんで、自分からカンダタの糸を切るような真似をするのっ! 私ってばアホ過ぎるっ。綿密な会話の方向性を組み立てなかった5分前の自分をいまほど殺したいと思ったことはない!)
アカリは自分の頬をギューッと引っ張った。涙目になる。いや、愚かな自分を自分で罰しているのですよ、カミサマ。私のラックを取り上げないでください、いや、マジで。
「いやあ、通りの向こうは大騒ぎだろ。俺は適当にふけるけどさ。あ、そだ連ら――」
「ライン交換してくださいっ!」
ここが先途とアカリは竜斗の両手をしっかり掴んで真っ直ぐ目を見た。ああ、思えばここまでができ過ぎだった。
男女比1:1000の世界で偶然に男女が知り合う状況が起こるなど、絶対にありえない。
昨今の、コミックやドラマでそんな脚本を書けば、ネットでの大炎上はおろか、実際に喪女たちが出版社やテレビ局に放火しかねないほどのコテコテの夢見がちのストーリーだ。
「だめ、ですか?」
竜斗は一瞬目を丸くしていたが、ニッとはにかむと
「いいぜ」
と言って自分のスマホをアカリに手渡してきた。
アカリは呆けた状態で渡されたスマホを手に取る。それは、月の頭に出たばかりの人気機種だった。
「けど、情けないことにコイツの使い方がよくわかんねぇんだ。よければ、ここで教えてくんねえかな、アカリちゃん」
――神さま、お母さま、遺伝子上の実際には会ったことのないお父さま。いま、私は生まれて初めて男性にアカリちゃんと呼ばれました。思い残すことはありません。さらばだ!
軽く天に逝きかけるアカリだった
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