第35話 仁義なき飲み会

「んでえ、リュウトさんは、いまなにしてはるん?」

「え? 酒飲んでるけど」


 キョウカに注がれた薄い水割りをカパッと飲み干しながら竜斗は答えた。


「うはっ。わかってるやんか。リュウトさん、のってくれるなんてウチうれしいわ」

 キョウカはあははと笑いながら竜斗の肩を自然にタッチして来る。初対面とは思えない気安さだが、キョウカの持つ独特の雰囲気がそれを可能にしていた。


 竜斗は困ったようなふりをしながら、ジッとキョウカの胸の谷間に視線をやった。見ているだけで吸い込まれていきそうだ。

 というか吸収される。


 リオンの視線に気づき、竜斗は咄嗟に明後日の方向に視線を動かす。バレてねえよな。わざとらしくないようにしねぇと。こういう場合はだいたいバレてることに童貞は気づかない。


「リュウトさん。こいつは心底つまらないから相手にしないように」

「ええと、きみはリオンさんだっけ?」

「他人行儀な。リオンでいい。私は17だけど、リュウトさんは同じくらい?」


 リオンはにっこりと笑いながら顔を近づけてきた。ほのかな香水の匂いにリュウトはくらくらしながらも平静を保つ。リオンの胸も結構にデカい。彼女は前かがみにならずとも、下着をむっちりと押し出して谷間ができていた。


 ――やべぇな。こっちも吸い込まれそうだぜ!


 ほどよい大きさだった。というか、竜斗はこの部屋に入って全神経の9割9分9厘を胸を見ることに集中していた。


「いややわ、リュウトさん、さっきからウチの胸ばっか見て。えっち」

「え、あ、え?」


 竜斗はどこに視線を向けていいかわからず助けを求めるようにハルカを見た。にっこりとした笑みが帰ってくる。3人とも竜斗に向けて全力で好意を叩きつけてくる。ここまで人生の中でモテたことはなかった。きっと、これからもないだろう。


 ――つまりは、ここが俺の人生における最高地点なのか。


「ふざけるな。なんという卑猥な。リュウトさんがおまえの駄乳など見るはずがない」

 リオンが竜斗をキョウカからかばうように抱き寄せた。腕に双丘のふくらみが直に当たる。竜斗の意識は至りそうになった。


「はぁ? なにを負け惜しみと言うとんのや! ウチはHカップやで! リオンはEやろが!」

「EはエロスのE。揉んで挟んでねぶってと、オールマイティー」

「どっちが下品やねん!」


 ――美女ふたりが俺を奪い合って争うとは。隔世の感があるな。


 竜斗は軽く感慨に耽りながらグラスの中の氷をカランと鳴らしてみせた。


「ねえ、リュウトさぁん。リュウトさんは私よりお兄さんですかぁ」

 鼻にかかった甘え声をリオンが出した。竜斗は女性のこのような声を聴いたことはなかった。一番、進展があったと思われたリンカでさえふたりきりになっても甘える素振りはなかったなと、しみじみした。


「うん、えーと年齢か。俺の歳ね。ちょっと説明しにくいんだけど、ああ、なんて言えばいいのかなあ」

「あ、20。リュウトさんは20歳。わたしたちよりちょっとだけお兄さんなの! ね」


 見かねたハルカが助け舟を出した。キョウカとリオンは目を爛々とさせて竜斗を穴が開くほど見つめている。竜斗はそっとハルカに耳打ちした。


「あんがとな、ハルカ」

「おい、こそこそ話はあかんよ。それよりもお、リュウトさんのこと、ウチ、もっと、もーっと詳しく知りたいなあ。聞いてもええか」

「ああ、構わないぞ」


「リュウトさん。キョウカはどうせ下ネタぶち込んで来るから、相手しないように」

「この、こけし人形は、底意地悪いこと言って。ウチだって、きちんと場に合わせた会話を提供できます。こういう男女の合コンは、アレやな。おたがいに、趣味とかを聞き合うもんなんやろ? リュウトさんのご趣味はなに?」


 ――趣味はおっぱい鑑賞です。

 そんなことが言えるはずもなく。


「ええ! いきなり俺? うーんと、そうだな。昔は、探索が人生のほとんどだったし、趣味ねぇ。部活やる暇もなかったしなあ。趣味という趣味と言えば、そうだな。映画鑑賞かな。あはは」


 無論、もっぱらエロ動画の鑑賞である。竜斗は休日のたびに、悪友の将監を引き連れてエロDVDを探して各地を回るのが常であった。


「ええ、そやったら――」

「リュウトさん。ドンピシャ。私も実は映画大好き。フリークと言っていい」


 リオンが目をキラキラさせながら竜斗の手を取って両手で押し包む。ついでに、ぐいと自分の胸に持ってゆく。胸のほどよい弾力に歓喜のあまり叫び出しそうになるが、なんとか耐えた。


「こいつのは変態ホラー映画専門やろ」

「リオンは映画大好きだもんね。あ、わたしも、結構いろいろ見るよ」

「近年、サブスク充実しとるからな。あ、ウチも映画はよく見るほうやで」


「キョウカは糞くだらない海外の駄作ソープオペラしか視ない」

 フッとリオンが鼻で嗤った。


「はん、このサブカルクソ女が。アンタこそ、怪しいスップラッターやスラッシャーしか見いひんやんか。なあ、リュウトさん。最近、リオンは狂ったように殺人ピエロが出るドチャグロ変態ホラーばっか見とんの。ついていけへんわ」


「なぜ、キョウカはアート・ザ・クラウンを嫌う? テリファーこそ至高。彼こそは、令和における殺人ピエロの完成系。わからんやつはぬるいJホラーでも見てろ」


「あ、あはは。そうだな。機会があったら見てみるよ」

「あ、じゃ、ウチとふたりで映画見にいかへんか? リオンの言うようなキモいやつじゃのうて、胸がキュンキュンするやつ!」


「お、おう」

「あ、ずるいんだキョウカ。わたしだってリュウトさんとお出かけしたいのに」


「待った。映画の話を最初に振ったのは、わたくしリオン。となると、リュウトさんとふたりきりで出かける優先権は誰がどう見ても、この私にあるはず」


「はんっ。リュウトさんはうちともう約束してんねん。な! なあ、リュウトさん。ウチと、お、お、おでかけしてくれる……?」

「ああ、こんな美人が相手ならいつでも大歓迎だ」


「――きゅう」

「あ、キョウカちゃんが卒倒した!」


 ばったりとキョウカが仰向けに倒れてベッドで頭を打った。よく見ると、彼女はかなりの急ピッチで呑んでいたので、酔いが回ったのだろうか。竜斗がキョウカを担ぎ上げてハルカのベッドに横たえた。いつものことなのだろうか、ハルカとリオンはほとんど動じていなかった。


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