第25話 突然の命令

「お加減はいかがですか?」

「昨日が嘘のように体が軽くてよ。昨日は治癒魔法をかけてくださったんですって?お薬を調合してくださった方も、様子を見守ってくださった方も、皆様ありがとう」

 まだベッドから出る許可は出せていないものの、クッションを背にして起き上がるメイリーンは、顔色も良く、長く話をしても苦しそうな様子はない。

 頭を軽く下げてお礼を伝える表情も明るく、治療師としても嬉しい限りだ。

「脈を見せていただきますね」

 治療師への信頼も厚くなったのか、マコーミックがメイリーンの脈をみる際には、自ら腕を差し出される。

「この分なら、明日にはベッドから出ても良さそうですね。どうでしょう」

 脈を診ていた手を離しながら、マコーミックは隣のネロや、記録係をする俺を振り返って、同意を求めてきた。

 キラキラした瞳で治療師達を見つめるメイリーンの前で、それを聞いちゃう?とは思ったが、異論はないのでネロも俺も頷く。

「ありがとう」

 今にも立ち上がりそうなメイリーンを押し留めるように、侍従長の元乳母がベッドカバーを押さえる。

「メイリーン様、明日のお話ですよ。今晩も熱が出なければ、です。無理をなさるとまた体調を崩されますよ」

 侍従長の優しく諭す口調に、渋々ながらもクッションに身体を預けるメイリーンに、笑顔で挨拶をして、俺達は寝室から下がろうと扉に向かう。 目の前で扉が侍従の手によって開かれた瞬間、声量のある声が響き渡る。

「楽しそうな声がするな」

「お兄様……陛下。来てくださったのですね。お忙しいのに、ありがとうございます」

 慌てて頭を下げる治療師たちの上を、一際高くメイリーンの喜びの声が飛んでくる。

「メイリーン、顔を見に来たがすぐに行かねばならない。我が儘を言って侍従長を困らせるなよ」

「そんなこと致しませんわ。もう、お兄様の意地悪」

 頭を下げたまま横目で見ると、妹姫はぷくっと頬を膨らませて見せる。そんな仕草も可愛らしい。

 王様もそんな可愛い妹姫が心配で、連日来られているんだろう。笑顔だが疲労感も見えた。今も忙しい合間を縫って、元気になった姿を見に来たようだ。

「診療は終わりましたので、我々はこれで」

 妹姫様に向いていた、王様の足が治療師に向き直る。

「続き間で待っていてくれ。すぐに行く」

 王様はメイリーンのベッドへ近寄って行く。

 俺は、マコーミックとネロと顔を見合わせ、隣の部屋に下がった。

 

「今回の熱は一晩で落ち着いたが、原因はなんだ」

「はっきりとはわかりませんが、おそらくお風邪を召されたのではないかと……」

 すぐとの言葉通り、俺達がソファに腰を下ろした途端、王様が大股で戻って来られる。

「風邪なら良いのだが……。毒の可能性はないか?」

「……毒ですか?」

 声を幾分潜めた王様の言葉に、俺達は息を飲む。

「全く無いとは言い切れませんが、何かお心当たりでも……?」

 恐る恐るマコーミックが聞いている。

「……ここ王宮では、何があるかわからないのでな。王族の血を引く者を邪魔に思う輩はうようよしている」

 具体的なその顔を思い出したのか、鼻で笑うように言い放つ。

「コーヤと言ったな。お前の治癒魔法は毒消しにも力を発揮するのか?」

 治療院で働いていた時には、毒蛇に噛まれた人や、毒キノコを間違えて口にした人も運ばれて来た。

「適切な処置後に、補助的な意味合いでしたら効果がありました。治癒魔法だけでの解毒効果は正直わかりません」

「なるほど」

「今回の熱覚ましの治癒魔法中には、毒は感じませんでした。何となくしかわかりませんが」

 王様は深く頷き、暫く無言で考えていた。端正な顔立ちは、眉間に皺を寄せてもハンサムだ。

「治療師は全部で6人だったな。1人抜けても構うまい。コーヤ、明日の我が行軍に同行するように。毒消しの薬の準備も忘れるな。詳細は追ってパドウを寄越す」

 洸哉が抜けた穴を埋めるだろうマコーミックとネロにも言い聞かせるように、ここにいる治療師全員の顔を見据え、命令が下った。

「……はい」

 王様の命令だから聞くしかないけれども、何のために、どこに行くのかもわからず不安が一杯だ。

 取り敢えず後からパドウに教えて貰いたいことを、頭の中で箇条書きにした洸哉だった。

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