第55話 癒やし
「入れ」
おずおずと天井まである重厚な扉を引き、人一人通れるほどの隙間を開けて、部屋に足を踏み入れた。
俺が入って来るとは思っていなかったのだろう王様が、窓辺に立ち訝しげにこちらを見ている。
「失礼します」
考えもなしにやって来てしまい、後悔していたがもう遅い。顔を上げ思い切って話し出す。
「お疲れのところ申し訳ありません。でも疲れているなら尚更、どうにか王様を癒やせないかと思って、いても立ってもいられずに来ました」
「癒す?」
「はい。肩でも揉みましょうか。あ、エリックが広いお風呂に喜んでいました。王様もお入りになりませんか?お手伝いしますよ」
「コーヤが風呂の手伝いを?使用人がすることを何故だ?」
そうだった。王宮での王様は当たり前にしてもらう立場なのを忘れていた。
「そうではなくて……。色々考えることがおありで辛そうだったので……」
足元を見ながらしどろもどろに答える俺は、きっと王様に変なやつだと思われている。顔を隠して、この場から走り去りたくなった。
だが、思いがけない返事がある。
「そうか。わかった」
そう言って、王様は厚い絨毯の敷かれた床を真っ直ぐに部屋の横にある扉に向かう。
足音が立たないのが不思議なほどに、背筋が伸び、キビキビとした動きだ。
王様が開けた扉は、この部屋にある浴室に続く扉だった。
「何だ、コーヤが手伝ってくれるのだろう?脱ぐのは違うのか?」
そう言いながら既に上着のボタンを片手の指で外しかけている。
「あ、違いありません。お手伝いします」
王様の真正面に立ち、向かい合わせに上着のボタンに手を伸ばす。
俺の手が近づくと、王様の手は自然に下がって、任せてくれた。
身長差で俺の目線は王様の顎にある。唇を目に入れないように、なるべく視線を下げて、上着に続きジレやシャツのボタン、タイと、順に外していった。
これって脱がすのもした方がいいのか?
使用人のやり方がわからないので、王様に聞いてみる。
「ボタンは全部外しましたが、脱ぐのは手伝わなくても大丈夫ですよね?」
「何だ。やってくれないのか」
笑みを含んだ声だが、不満気でもある。どうしようかと、顔を上げたら至近距離に王様の顔があった。
これダメなやつ。思い出してしまう。
「冗談だ」
だが王様は、バサバサッと、身に着けていた衣服や下着を豪快に脱ぎ捨てると、真っ裸のまま、また違う扉を開けて進む。
浴室の中は湯気がモクモクと暑いくらいだった。この屋敷の浴槽は西洋風だなと均整のとれた後ろ姿からなるべく眼を逸らす。
王様はそのまま気にせずに猫足の浴槽に向かって行った。
お湯に真っ直ぐ入りそう。温度確かめなきゃ。
慌てて追い抜いて、お湯に手を入れてみる。
「ちょうど良さそうです」
俺が振り向く間もなく、王様は俺の肩に手をかけ、浴槽に足を入れていた。
よし、今の俺の動きは正解だったな。
湯の中に身を沈めた王様は、ふぅと息をついた。
お湯は白い泡が立ち中が見えない。
それは良かったが、落ちついて見ると筋肉のついた肩や胸が湯から出ていて目のやり場に困る。
次の段取りを考え気を紛らした。
「髪を洗いますね」
「ああ頼む」
浴槽の縁に首を乗せ、無防備に仰向き瞼を閉じた王様の首筋が色っぽい。
俺が男に色気を感じるようになるとは。
クスッと笑みが漏れた。
「どうした?」
「なんでもないです。お湯をかけますね」
こちらの世界ではシャンプーはないので、固形の石鹸を手で泡立てて髪を洗う。
短く切り揃えられていた王様の元々の金髪は、今は黒く染められていた。
黒髪も捨てがたいほど似合っていたが、染料は弱いので、丁寧に洗うとまた金色に戻るだろう。
数回洗うと泡立ちも良くなる。頭皮をマッサージするように念入りに洗い、最後に綺麗に泡を流す。
「どうですか?気持ちいいでしょう?」
「ああ」
目を閉じたまま、低い声で返事をする王様の顔はリラックスできているようだ。お風呂を勧めて良かった。
「次は?」
「次?」
「身体はどうする」
「あ……洗いますか」
「うむ」
腕を湯から持ち上げ、顔の前に出された。
筋肉がついた弾力のある腕を片手で支え、布で優しく指先から撫でるように洗っていく。
終わると湯に戻し、反対の腕、首、背中と洗った。
だが、前は無理だ。何て言おうか迷っていると、先回りされた。
「終わりか?」
「あとは、できますか?」
「できないと言ったら?」
目を細めて低く笑う。
意地悪そうな顔もとんでもなくカッコいい。
「出たらマッサージしますから。先に出て準備していますね」
これ以上の色気は俺の理性がもたない。早々に退散することにした。
この屋敷の使用人はどこで見ていたのか、脱いだ服は纏めてあったはずだが、見当たらない。
代わりに大判の布と、貴族の部屋着が畳んで置いてある。
部屋へ戻ると、さっきはなかったフルーツと水の入ったデキャンタやグラスがテーブルに並べてあった。
侯爵邸は大丈夫とは思ったが、念の為先に毒味だけして、新しく汲んでおく。
よし、湯上がりの水分も準備できた。
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