第54話 侯爵邸

 侯爵の言葉の後、沈黙が訪れた。

 エリックは慣れない空気に窒息でもしそうなくらい顔色を悪くしている。

 俺は、王様の思考の手伝いは出来ないから、ただ静かに次の言葉を待っていた。

 だがそう待つこともなく、凛とした声が静寂を破る。

「ハルスト侯爵も、噂を聞いたんだろう。だから情報を集めた。侯爵の意見を聞きたい。どう考えた?」

 王様が低い静かな声音でハルスト侯爵に尋ねる。

 侯爵は、前王と懇意になさっていた貴族で、年代も亡き前王に近い。

 亡き父王の意見を聞く機会はもう無いが、こんな時こそ、父王の意見を聞きたいだろうに。

 侯爵は意見を求められるとは思っていなかったようだったが、一瞬嬉しそうに微笑んだ。

「お父上と同じく、臣下の意見を聞かれますか。さすが前王の血を引くだけお有りになる。隠居した身ではございますが、意見を申し上げるならば」

 言葉は澱みなく続く。

「王族の血脈は他には代え難いものです。カルレイン王も王位を継承したのであれば、婚姻し後継を成すのが義務と、よもやわかっていないはずもないでしょう」

 侯爵の話す言葉はもっともだった。なのに俺は、聞いているだけで胸が締め付けられている。

「但し、血脈のためにと言うミダリル辺境伯の言い分は、真っ当とは言い難い。私利私欲にまみれ、隣国まで絡んで来ています」

 王様は、表情を変えずに続きを促す。いつものポーカーフェイスだ。

「どちらかというと、血脈については、取ってつけた感がありますな。そんな、隣国の小手先に踊らされているような者に、我がフォルトラ国の王が務まるとは思えません。もしこのまま陛下が泣き寝入りなさるのならば、この国は終わりでしょう。そうなれば私は国を捨てます」

 最後は頭を下げて、訴えかけるような、国王のご判断を、と迫っているようでもあった。

「父王が羨ましいな。こうも国を思い、意見を交える相手がいたことが」

 臣下にとっての最大限の賛辞だろう。侯爵は頭を上げた。

「陛下にもおられるでしょう。強力なお方が」

 王様は苦い顔をしていた。

 誰だろう。パドウのことだろうか。何だか違う気がするが。

「連絡を取れるか。内密で」

「ご命令とあらば。他にも何なりとお申し付け下さい」

「一晩よく考えたい。悪いが明日まで待ってくれ。その頃には、返事も届くであろう」

「旅のお疲れを先ずは落としてからが良いでしょう。

 前王はよく、陛下の采配を私に自慢しておられました。楽しみにさせて頂きましょう」

 その後、部屋に案内するために入ってきた侍従によって、王様の部屋の隣に部屋を与えられる。

 エリックは、さっきの応接の間といい、案内された部屋といい、見たこともない部屋の広さや調度に驚き、借りて来た猫のように大人しい。

「そちらが風呂になります。ご準備できていますので汗をお流し下さい。お手伝いいたしましょうか?」

と、やって来た使用人に言われ、しどろもどろになりながら断ると、慌てて一人で風呂に入って行った。

 俺は、邪魔になるかと暫く躊躇ってから、結局別れたばかりの王様の部屋をノックした。

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