第6話 謁見室

「東の国境付近で、越境してきたグレンブノ国人と思しき輩を数名、警備隊が捕らえたとの報告が入っております」

 グレーヘアを後ろに撫で付けたトゥーンザード宰相が、一段下から伏目がちに顔を上げ報告する。

 朝の支度の最中に、急ぎ耳に入れたい事柄があるとの宰相の謁見の申し出が、側近のパドウ経由であった。急ぎ謁見室に通した宰相の第一声だった。

「警備隊の見張りは何をしていた。越境者は何名だ。隣接するバルザック国の密偵ではないのか」

 玉座の斜め後ろに控えていたパドウは、初めて聞く話だったのか、硬い声音で問いただす。

「警備隊が捕らえたのは4名ですが、抵抗が激しく、捕らえた越境者で生存者は1名だけとなっています。金で雇われた傭兵のような身なりにしてはよく訓練されていると見え、警備隊の一個小隊にも負傷者が数名出ています。現在1番近いミダリル辺境伯の領地できつく取り調べを行っているものの、何も話さず捜査は難航しています」

 宰相が顔を上げ、王である私の目を見て答える。

「宰相はどう考えている」

 玉座に座ったまま手すりに片肘をつき頭を乗せたまま宰相を見やり、尋ねた。

「恐れながら。バルザック国かグレンブノ国両国どちらかの密偵で間違いないでしょう。問題は、我が国への侵入が今回が初めてではないことと、何を探っているかですが」

 一呼吸置くトゥーンザード宰相が、我が瞳をじっと見つめる。食えない男だ。

「あくまで可能性ではありますが」

「良い。申してみよ」

「先王が身罷られた後の我が国の情勢、つまり継承された新王の手腕や評判の内偵と、場合によっては新王に否定的な貴族と近づき我が国に攻め入る算段かと。先王の世より、外交は結んでおりましても、グレンブノ国王は何かと好戦的でしたから」

「っ宰相。言葉を慎めっ」

パドウが鋭い声でトゥーンザード宰相を咎め、一歩前に出ようとするのを、腕を肘掛けから伸ばし制する。

 恨みがましい目で、こちらを見たパドウは元の位置に戻った。

「今回が初めてではないと言ったな。そのような報告は受けた覚えがないが?」

「国境付近で捕らえたのは今回だけですが、巷でそれらしき怪しい者が嗅ぎ回っている報告は受けております。ただ、捕らえた者達はどこの国の者か、口を割る前に命を断つ者もおり、証拠としては不十分だったのです」

「そうか。今後は直ぐに報告せよ。今回の件は大臣や議会に急ぎ通達し、王宮内外問わず警備を強化するとともに、怪しい者の捕獲と取り調べを徹底するように。

 同時に、攻撃は最大の防御だ。両国への密偵を増やせ。ただし捕まることのないよう手練れを送り込み探れ。今回の件がどちらの仕業か、両国の弱みがわかれば尚良い。下がれ」

「はっ」

 トゥーンザード宰相は、いつもの取り澄ました顔にうっすら笑を乗せると、頭を下げ胸に手を当てた貴族の礼を取る。

 宰相が部屋を出て行くのを見届けずに、私室に向かうため立ち上がると、パドウが斜め後ろに付き従った。

 東のグレンブノ国か西のバルザックか。どちらもあり得るが、国としての抗議をするにも証拠が必要だ。表からも密偵を放ったが、自国にも協力者がいるはずだ。前を向いたままパドウにだけ聞こえる大きさで命令を出す。

「パドウ、歯には歯をだ。国内にも密偵を放せ」

「はっ」

 パドウが、更にその後ろから付き添う側近2人に後を託し、自らは早足で王を囲む一団から離れて行った。

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