第20話 挨拶

 メイリーン様のご負担にならぬようにと、寝室続きの居室に招かれた治療団だったが、貴族が混ざっているとはいえ、庶民を診る治療師が王族の居室に入る事など、異例中の異例に他ならない。

 パドウに付き従い御前に並んだ後、緊張する治療師たちは、跪いて最敬礼をする。

「お立ち下さい。診察のたびにこのようになさるおつもり?必要なくってよ。ね、陛下」

 鈴が鳴るような軽やかなお許しの声に立ち上がった一行は、ソファに座るメイリーン様のお姿に目を奪われた。

 メイリーン様は、薄桃色の生地と白いレースの切り替えが美しいドレスに負けない、甘い顔立ちにペリドットの瞳、豊かな金色の長い巻き毛をお持ちの女性だった。

 誰しもが守ってあげたくなるような少女のような体格と、肌の白さが病弱な体質を物語っている。

 治療団の中でも特にマリアンは、もともと王妹メイリーン様への愛情が深い様子だったが、お目通りできた喜びに、さっきから口元を押さえたまま涙を滲ませている。

 俺も、別の意味でさっきから挙動不審だ。

 メイリーン様と並び、細工の細やかなどっしりとした椅子に腰掛けている、王妹の兄であり、この国の王様の顔と姿に見覚えがあった。

 先日、庭から飛び出して俺を驚かせたその人だった。やはりとも思った。昨年のパレードでお見かけしていたからだ。

 やばい。助けられた上、謝らせたり、逃げるように去った俺は、不敬だとクビになってしまうのだろうか。命は助けてもらえるだろうか。

 先日の無礼な出来事は、広いお心でお忘れになっていることを願いながら、挨拶の時間が早く過ぎ去ることだけを祈っていた。

「此度は、王宮医にして原因不明のメイリーンの病を治療すべく、若き治療師の柔軟な発想に白羽の矢が立った。どうか愛する我が妹を助けてやってほしい。しっかり頼んだぞ」

 低く、よく通る声は先日聞いたものだった。

 だが、陛下は治療師1人1人の瞳に訴えかけるかのように、全員を見渡し言葉を掛けた。

 国王陛下としてより、妹を心配する兄としてのお言葉に、並ぶ治療団のメンバーも期待に応えたいと心をひとつにする。

 俺も、さっきまでの心配が何処かへ行く。

「治療団代表のローデン=ワーグナーと申します。ここにおります治療師全員で、力を合わせてメイリーン様の治癒をお手伝いさせていただきます」

 皆の気持ちを代弁したローデンの言葉で挨拶は終了となった。


 挨拶を終え、扉に1番近く立っていた俺は、退室を急ごうと踵を返す。

 最初に診療に当たるメンバーは、ローデンとマコーミックとネロだった。3人を残し、残りの俺達は治療団室に戻ることになっていた。

 それなのに、後ろが騒がしい。メイリーンと別れたくないマリアンがごね出していた。

「最初の診療は大事よね。全員が把握しておくべきだと思うし、最初だけは皆揃った状態の方が良いと思うの」

 それ、今思いついたろ。じゃなきゃ、狙っていたな、マリアン。

「それもそうだな。メイリーン様、最初だけ他の3名の同席をお許しいただけますか?」

 行動の早いローデンが申し出ると、あっさりと許可された。

 こうして、ローデン、マコーミック、ネロの後ろにあとの3人が控え、さっきより近い位置で国王、王妹両陛下に面することになったのだった。

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