第21話 初診
「失礼ながら、脈を診せていただけますか」
マコーミックが、メイリーンが差し出す、ドレスの袖から出た白く細い手首を取る。
「瞼もよろしいでしょうか」
マコーミックは続けて、メイリーンの正面から下瞼を下に引き下げ、裏の血流を見た。
「今日のお加減はいかがですか」
「今日は、いつもより体調が良いのよ。咳も出ないし、熱もないわ」
「普段の症状は、咳や発熱なのですね。他には?」
ローデンの問診に、少し考え込んだメイリーンの代わりに、側に控えていた侍従が引き取る。
「息苦しさや、動悸があるようです。側で使える者に、そう訴えることが」
侍従は年配の女性で、元々は乳母だったとのことだった。
「そういった時は、お顔や唇のお色もお悪く、動くのもお苦しそうで」
侍従は思い出したように顔を歪める。
「どんな時に、そういった症状が出ますか?例えば、いつもと違う何かをした際だとか、夜間によくそうなるですとか。何でもよろしいのですが」
「これと言って、決まった時はないのです。季節も関係なく、何日も続くこともあれば、1日で良くおなりになることもあります」
「ここ数日は、とても調子が良いのよ。先日はお庭で一日過ごすこともできたわ。ね、お兄様」
「だが、無理はするな」
国王陛下が苦笑されている。兄妹仲が本当によろしいのだな。
ほんわかとした兄妹とは打って変わり、ローデンとマコーミック、記録係に徹していたネロは、難しい顔をして小声で相談をしている。
話がついたのか、ローデンが陛下に向き直る。
「陛下、先日パドウに依頼させていただいた、王宮医の診療記録は、いつ頃見せていただけますでしょうか」
「パドウ、いるか」
部屋の近くから急ぎ足でパドウがやって来る。
「診療記録はどうなった」
「医師に提出するように言ってあります。不備を直すので数日待って欲しいとのことでした」
国王陛下がローデンを一瞥する。
「不備のままで結構です。今すぐに見せていただくことは可能でしょうか」
「パドウ、どうだ」
「わかりました。後ほどお持ちします」
パドウが来た時と同じような素早い動きで部屋を出て行った。
ローデン、こうして見ると貴族っぽい。
王様にしっかり要望を伝えられるところも、同僚としてカッコイイ。俺もああなりたい。
ローデンに気を取られて、顔を上げたまま陛下の方を向いていたらしい。陛下の青い瞳が洸哉の目とバチっと合った。
あ、やべ、と思った時には遅かった。
「お前は治療師だったのか。名前は何と言う」
俺だよな。俺に言ってるんだよね、やっぱり。
腹を括って口を開いた。
「コーヤと申します。中央治療院から参りました。昨夜は知らなかったとはいえ、大変失礼を致しました。申し訳ありません」
頭を深々と下げて、誠心誠意謝罪する。
周りにいる治療団メンバーの視線が痛い。
「お前が謝る必要はない。悪いことをしたのは私だからな。怪我はなかったようだな」
「もったいないお言葉ありがとうございます」
実は俺、敬語は得意じゃない。
ローデンのように貴族なら、小さい頃から社交を学んでいるんだろうけど、俺、看護師の時もタメ口専門だったし。王様と話すとなると、爺ちゃんと見た時代劇調になってしまう。
それでも、クビや命が助かったからこそ、こんな悠長なことが考えられる。
王様ありがとうございます。このご恩はきっとメイリーン様にお返しいたします。
決意を新たにした洸哉だった。
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