第22話 密談
治療団室に戻った後、すぐに全員で病状の検討が始まる。
「確かに、これと言った所見は見当たらないな」
「そうだね。王宮医の記録でも、あらゆる病気の可能性について検討しては、潰してあったし」
「改めて今日とった脈でも、異常は見られていなかったのよね」
「ああ」
あれからパドウはすぐに王宮医のところに行って、記録を貰って来てくれた。
長年の診療記録は何冊にも渡り、治療師全員が読むだけでも数日かかりそうだ。
「取り敢えず、俺は最初からの王宮医の記録を確認していこう」
「読み終わった分から僕かネロに回して。次は、午後から診療に当たる3人に渡すよ」
「ああ。ネロ、今日取ってくれた記録も、終えたら一緒に渡しておいて欲しい」
「わかった。もう少し書き足したら渡しておく」
打合せが終わりかと思いきや、マリアンが発言を続ける。
「ねえ、それはそうとコーヤ、さっき王様としていたのって何の話?」
ああ、やっぱりマリアンは見過ごしてくれなかった。ダレスを覗いた他のメンバーも興味津々の目つきでこっちを見ている。ローデンだけは睨みつけるような目つきで、怒っているんだろうか、怖い。
「本当になんでもないんだよ。昨夜散歩中にすれ違ったんだけど、王様だって知らなくて」
「それで?」
「それで終わりだよ。逆にマリアンは何を期待しているの?」
無礼を働いただなんてローデンに知られたらまた中央治療院の恥だなんだと怒られてしまいそうだ。だいぶ端折って皆に報告すると、マリアンはなーんだ、と興味を失ってくれた。
ローデンの眉間の皺は消えなかったが、この話は終わりで良いようだ。
その後は、治療団室でそれぞれ記録を書く者、読む者、王宮にある図書館に調べ物をしに行く者に別れて過ごす。
メイリーン様には、今後の診療時間を5時(10時)と8時(16時)で了承していただいていた。
俺達の診療時間はまだ大丈夫だろうか。
この世界は朝夕食はしっかり摂り、昼食はお腹が空いたらお茶と軽食を摂るという慣習だ。
昼食による時間の把握ができないので、こちらに来てから困ることの一つだった。前の世界が懐かしい。
大きな置き時計の針は、まだ充分に余裕があった。でも、診療時間に遅れるわけにはいかない。マリアンとダレスの居所は把握しておきたかった。
マリアンは探すまでもなく、ソファを占拠し診療記録に没頭していたが、ダレスが見当たらない。
図書館に探しに行こうか、と迷っていたら、嗅ぎ慣れた薬の匂いがしてきた。
匂いの元を辿るまでもなく、部屋の奥、薬を調合する設備の前にダレスがいた。
ダレスは、黙々と手を翳し、新たな煎じ鍋に火を付けている。
「何作ってるの」
「熱覚ましと、咳止め」
「メイリーン様のだよね。手伝うよ」
普段から、モンデプスの作った薬草を調合し慣れているが、見たことのない薬草があり手に取って見る。
「この種類初めて見るんだけど、何?」
ダレスは、ずいっと分厚い本を突き出した。
「へー、熱覚ましの原料なんだね。中央では、モンデプスが高価な薬は作ってしまおうって言って、こっちを使ってるんだ」
本の隣の頁を指し示すと、ダレスが驚きの表情で、早口で捲し立てる。
「その薬は効果が高くて、東でも注目してたんだ。今煎じてるこれと比べると、値段が高くて、一部の金持ちにしか処方されない薬だぞ」
今度は洸哉が驚く。モンデプスが育てている薬は、普段から庶民に処方していた。
「荷物の中に、普段使う薬の材料を一通り持って来ているんだ。持ってくるよ」
急いで部屋に行き、荷物から薬の材料を取り出すと、治療団室に戻る廊下を急ぐ。
走って角を曲がろうとした時、先の方で話し声がするのが聞こえた。
王宮の廊下を走るなんて、きっとダメだよな。
慌てて止まり切れた息を整えようと胸に手を当て深呼吸をする。
「……捕まった……王が……は……国の方で……」
「……攻め込む……戦いに……」
聞こえてきた内容は何やら物騒だった。だがここ王宮では、様々な役職を持った執政官が働いている。大事な相談をしているんだろう。邪魔はしたくないが、部屋に戻るのにこの廊下以外を通る方法など知らない。
ダレスも待っているし、診療時間も迫っている。素知らぬ振りをして通ることにした。
角から洸哉が姿を現すと、貴族の出立ちをした男2人がギョッとして振り向く。
治療団室の周りは、暫く誰も使っていない部屋と聞いていたから、話しをしていた男達も誰もいないと思っていたのかもしれない。
「……っ。街から来た治療師か、何か聞いたか」
「え? いえ、走ってたので何も聞こえません」
2人のうち、年配の小太りに尋ねられ、もう1人は背中を向けてしまっていた。
「では、急ぎますので失礼します」
洸哉は、早歩きでその場を過ぎ、ダレスの元に言葉通り急ぐ。廊下での出来事はすぐに忘れてしまった。
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