第29話 毒

「陛下!」

 パドウの焦った声がする。

 最後に部屋に入った後も、扉近くで物珍しさにキョロキョロと辺りを見回していた洸哉は、一瞬何が起きたかわからなかった。

 ソファに上半身を預け、床に膝をつく王様の後ろ姿がパドウの陰から見えた時、身体が弾かれたように2人に駆け寄る。

 パドウが必死に王を呼ぶ。

「どうされたんですか」

「わからん。急に陛下が……陛下!陛下!」

「……静かにしろ」

 意識があった王様が、苦しそうな声でパドウを制する。

「意識はありますね」

 パドウの前に無理矢理に身体を捩じ込ませると、王様の苦痛に歪む蒼白な顔が見えた。

「おそらく遅効性の毒だろう。こんな事もあろうかと、コーヤを連れてきた。頼んだぞ……」

 瞼を開ける力もないのか、目を瞑ったまま不明瞭ながらもそう言って、王様は意識を手放した。

 何言ってるの、この王様。

 今日一日付き従っていたパドウの後ろから見ていた限り、王宮以外で王様が口にしたのはさっきの部屋で飲んだお茶だけだ。

 わかってて、あんなにお茶をがぶ飲みしてたってわけ?信じられない。

 物凄い勢いで思考し考え付いた答えに、頭ではこの状況に盛大に文句を並べ、だが勝手に身体は動く。

 火事場の馬鹿力と、緊急時の無礼講だ。

「足持って。仰向けにソファに上げるよ、1、2、3」

 パドウに手伝わせて、大の大人がゆったり寝そべられそうな大きなソファに、王様の長躯を上げた。

 同時に顔を横向きにする。マントや首のボタンは引きちぎるように外しながらパドウに叫んだ。

「吐かせるから、入れ物!」

 パドウに指示して、自分はテーブルに準備されていた、果物の横にあった水差しをデキャンタごと取りに行く。

 また王様の側に戻ると、頭側に周り上体を起こし、背中から抱え込んだ。

「吐かせるよ」

 無意識に食いしばられた歯をこじ開け、舌の奥を圧迫する。

 支える王様の身体は筋肉質で思った以上に大きい。自分の手が華奢に見えるが、今は、えずかせ支えられれば、そんな事はどうでも良かった。

 舌奥への刺激を繰り返し、反射でえづき始めたタイミングで背中をさする。

「うぇっ……」

 やった。出た。

 王様と同じような顔色のパドウが、受け止める。出たお茶は、毒々しい色に変色していた。

「陛下!陛下!」

 薄っすらと陛下が目を覚ましたようだ。

「水を飲ませて。早く!」

 パドウが重いデキャンタを持ち上げた時、思い付く。

「あ、ちょっと待って、動かさないで」

 その場で固まるパドウの手にあるデキャンタに、片手を翳して眼を瞑る。また毒が入っていないとも限らない。浄化だ。

「いいよ。早く飲ませて、たっぷりとね」

 何回か水を飲ませては吐かせるのを繰り返して胃を空っぽににさせてから、王様の上体をソファに横たえた。

 王様の顔色は相変わらず蒼白だったが、上手く吐けたから最初よりは良いようだ。

 自分の額からは大粒の汗が滴っているのがわかる。でももうひと頑張りだ。

 パドウには吐瀉物を片付けさせ、部屋に付属の浴室から拭く物を準備してもらう。

 俺は、王様の横で床に膝を付いた姿勢を取る。 王様の身体に手を翳し、今ある力を振り絞るつもりで治癒魔法をかけていった。

 キラキラした光が王様の身体を包み込み、やがて光が消える。

 途端に肩に重りがのしかかったような倦怠感に包まれた。

 脱力しソファに手を付き息を整えていると、後ろから息を吐く気配がして振り返る。

「あぁ……。コーヤ、何て素晴らしい」

 パドウはさっきと大違いの顔色で、頬を上気させて洸哉を見ていた。

 静かに王様と自分の元に近寄ると、ガバっと膝まづき、洸哉の手を両手で包み込む。

「コーヤ、ありがとう……」

 いつも冷たい無表情なパドウが、涙ぐまんばかりに頭まで下げる。

「いやいや、お礼は良いから、王様を拭いてあげて」

 ハッとしたパドウが王様を甲斐甲斐しく世話するのを、近くに持ってきた椅子に座り眺める。

 やっと自分もホッとした。と、同時に現在の状況が、決して安心できる物とも思えない。

「何か色々ヤバそうだけど、これからどうなるの?」

 パドウに答えが出せるのかわからないが、疑問を口にする。

 パドウが答えない代わりに、いつの間にか瞼を開けていた王様の、掠れた、だが声量のある答えがあった。

「私にこんな真似をしたんだ。責任は果たしてもらわないとな」

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