第35話 不満
「国王陛下とお城に行ってたんですって?ちょっと。私、聞いてないわよ。詳しく聞かせて」
治療団室に戻りいつものように皆で広い机についたが、待ちきれないとばかりにマリアンが詰め寄ってきた。
押しの強いマリアンが、瞳を輝かせている。こんな時のマリアンを、
「陛下に随行した内容を、そうペラペラ話せるわけないだろう」
「そう思ったからこそ、この部屋に戻るまで我慢したんじゃない」
ローデンが割って入ってくれたが、マリアンは引く気はないらしい。
「舞踏会とか晩餐会とかあったんでしょ?お城ってやっぱり豪華だった?」
身体を乗り出し、何を思い描いているのかウットリしている。
「舞踏会も晩餐会もなかったよ。色々あって話せないことも多いんだ。ごめんマリアン」
この機会しかないと思い、全員を見渡す。
「それと、実は王様に頼まれたことがまだあって、暫く王様の執務室に詰めることになったんだ」
「どういうことだ?」
ローデンは、マリアンから庇ってくれたのと同じ人とは思えない、鋭い瞳を眇めて俺を見る。
「実は……」
俺は、今まで通り診療や付随する仕事はできること、詰める場所が変わっただけだとの説明をする。
皆は最後まで聞いてくれたが、その場は沈黙に包まれた。
「そんな勝手なことを、1人で決めたのか?」
またしてもローデンだ。今度は声まで一段低くなっている。
「コーヤが専属ではなくなるということか」
「緊急の対応も期待できなくなるな」
「いっそ、王様専属になればいいんじゃない?」
ローデンだけではない。他のメンバーからも責める文句が突き刺さる。
王様の命が狙われていることを伝えれば、喜んで送り出してくれるだろう仲間に、言えないことが辛い。
「……ごめん。皆に相談すべきだったよね」
「陛下のご命令なんだろう?では、我々が何か言うものでもない」
それまで黙っていたネロが、貴族らしく発言すると、皆推し黙る。
ギスギスした雰囲気のまま、その場は診療の検討に話題が変わった。
「ちょっといいか」
部屋の前で、廊下の明かりのせいではない厳しい表情のローデンに声をかけられる。
王様の執務室経由で戻ってきた俺と違い、ローデンはとっくに部屋に戻っていた筈だ。俺を待ち構えていたのだろう。
黙って自分の部屋の扉を開けて入って行くのを、後ろから付いて行く。
部屋の中央で立ち止まったローデンが、思い切ったように振り向き、向かい合わせで見上げる格好になった。
「……コーヤ、お前、王様の恋人になったのか?」
静かにローデンが口を開いた。
ギクッ。どうしてそれを。
ビクッと身体を揺らし、目を泳がせた俺を見たローデンが、何を思ったのか明らかだった。
男らしく整った顔が歪む。
「……本当なんだな、はぁ……」
深いため息を吐き、俺の両肩を力強く掴む。
「お前、王様と釣り合うと思ってるのか?よく考えてみろ。貴族でもない異世界人なんだぞ。遊ばれて、捨てられるのがオチだ」
ズキン……ローデンの言い分はわかるが、王様は遊びで恋人なんか作る人ではない。
「王様のことをそんな風に言うなっ」
つい口調が強くなってしまった。いけない。
ローデンが涼しげな瞳を目一杯開き、驚きの表情を浮かべている。
「あ、そうじゃなくて。ごめん、ローデン。お前、貴族だろう。お前たちに誤解させたくないんだ。王様はそんな人じゃない」
「……そうか。本気なんだな」
ローデンが強く握っていた俺の肩を離し、背を向ける。
「だが俺は反対だ。お前が傷つくのは見ていられない」
何ていい奴なんだろう。今までだって、何だかんだと同僚の俺のためを思って言ってくれていたんだと、今ならわかる。
「ありがとう、ローデン。俺、頑張るから。そして早く戻ってくるな」
「……? ああせいぜい頑張れ。だが、俺がいることも忘れるな」
またこちらを振り向いたローデンは、さっきより俺との距離を詰めてきた。後退しようにも扉に背がぶつかりこれ以上は無理だ。
「ん?どうした?」
上から覆い被さるように抱きしめられる。
「何も言うな」
ああ、これは同僚に激励のハグなんだな。
俺も腕を目一杯伸ばし、ローデンの広い背中を両手で包み軽く叩く。
「……っ。魔性め」
「魔法?」
何を言っているかわからないが、治癒魔法は使っていないぞ。
ローデンがまたため息を吐き、ハグを解いた。
何か言いたそうだが言わないローデンとおやすみの挨拶を交わす。
ローデンの激励に気を良くした俺は、部屋に戻り明日に備えてぐっすりと眠った。
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